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六十七話

 ぐったりとホテルのロビーで椅子に沈んでいる主を見つけた人物がいた。

「あ、先生。どうしたんです? こんな所で」

「あ、広田さん。お疲れ様です」

「お疲れ様です。……本当に疲れてますよね?」

 挨拶しながらも椅子に体重を預けたままの主を、心配そうにのぞき込むアシスタントの広田。

 この男は夏の合宿で一番主と料理をしていた男だ。

「いや~、ちょっと緊急討論をしてましてね」

「はぁ~、小説家さんって大変なんすね。あ! せっかくですから結成披露の会見見て行ってあげてくださいよ。かすみそう25の皆も喜びますよ」 

 主は上体をのけぞらせて背もたれ越しに、壇上のメンバーの顔を確認する。

 その顔はまだ緊張したままだ。

「迷惑じゃないですかね?」

「大丈夫っす、多分先生見たら緊張和らぐと思います」

 

 そうまで言われたらこのまま帰るわけにもいかない。

 主は重くなった体に喝を入れて、起き上がる。

「じゃあ、ちょっとだけ」

「はい!」

 広田の案内でカメラが置かれた後ろの席に腰を下ろす。

 広田はそのまま上司の所に行き、何やら耳打ちしてこちらにオッケーサインを見せる。

 壇上のメンバーが耳に付けたイヤホンを触るようなしぐさをすると、全員が何かを探す様に周囲に視線を飛ばす。

 一番最初に主を見つけたのは、やはりというべきか美祢だった。

 隣のメンバーの肩を叩き、主の所在を教えている。

 見つけたメンバーが次々と主に手を振り始める。

 それに応えると、今度は全員が姿勢を正して座りなおす。おそらくディレクターから注意が入ったのだろう。

 主は吹き出すのを我慢しながら、姿勢を治し壇上を注目する。


 しばらくすると、美祢のマイクに音声が入る。それを合図にメンバー全員が起立し丁寧にお辞儀をする。

「この度はお忙しい中、私たちかすみそう25の結成会見にお越しいただき誠にありがとうございます」

 会見は美祢のあいさつから始まった。

 MCは大手ラジオ局のアナウンサーが務めていた。

 メンバーは硬い言葉の質問に、戸惑いながらもなんとか答えている。それでも過度の緊張はしていないように見える。その証拠にカメラと質問者の顔をよく見ている。

「かすみそうというグループ名になったわけですが、カスミソウって地味な印象にも映ると思うんですが、そこはどういう受け止めなんでしょうか?」

 一人の記者がなんとも意地悪な質問をしている。

 一介のアイドルが、グループ名の批判などできるわけが無いのに。

 案の定、半数のメンバーがお互いの顔を見合わせ戸惑いを見せてしまっている。

 そんな中、グループ内でも大人しい上田日南子がマイクを口元にもっていく。


「はじめて聞いたときは、みんなえ? って戸惑ってました。でも、@滴先生が同席してくれてたんですけど、とってもいい名前だねって言ってくれて。そこからみんなこの名前が大好きになりました」

 日南子にとってはとても勇気のいる言葉だったのだろう。

 震えるマイクを両手で押さえながら、少しだけ目に涙をためて話す日南子の姿は一瞬だけセンターの美祢の姿を霞ませる。

「先ほど出た圧倒的? 先生とはどのような方なんでしょうか?」

 内情を知らない記者から当然の質問が出てくる。姉妹グループのはなみずき25が先生というときは、ほぼ安本を意味している。そこに名詞はいらないのが当たり前だ。

 しかし日南子からは名詞+先生とあった。であれば、それは誰でどのような関係なのか? ファンは知りたいだろうという空回りが発生していた。


「@滴先生は、……お兄ちゃん!」

「えー、お父さんじゃない?」

「もっと遠いよ、いとこのお兄ちゃんとか」

「そのまま、先生でいいんじゃない?」

「私もお兄ちゃん派!」

 メンバーは口々に自分たちと@滴主水との関係性を言葉にしていく。

 若干収拾がつかなくなりそうなところで、皆の言葉を受けて美祢がまとめの言葉を口にする。

「色々な言い方はできますが、私たちにとってファンの方々と同じくらい大切な方です」

 そう言った美祢に一斉にシャッターが切られる。

 この会見で誰に焦点を当てろなどの指示は一切入っていない。だが、美祢の浮かべた柔らかな表情は、カメラマンが逃がしてはならないと判断する者だった。

 つい数か月前に16になった少女に、海千山千の芸能カメラマンがシャッターを切らされてしまってる。そのことに興味をそそられた記者が数人いるようだ。


「先生、来てたんですね」

 会見の控え室に通された主を、かすみそうのメンバーが歓迎してくれる。

「たまたま、本当に偶然このホテルに用事があってね」

「ホテルに用事って、なんですかぁ?」

 先ほど奮闘を見せていた日南子が、先ほどの健気さなど微塵ものこさず無邪気にテテテと駆け寄ってくる。

「あ、ああ。大した用事じゃないから」

 何となくお見合いであることをはぐらかしてしまう主。

「なんか、今日はおめかししてますね……お見合いですか?」

 日南子の名推理にメンバーが、色めき立つ。

「どんな人ですか?」

「上手く行きました?」

「結婚いつですか?」

 メンバー八人全員が主に詰め寄る。

「先生、どんな女性だったか、どんな話をしたのか詳しく」

 美祢の顔は他のメンバー同様笑顔だが、主にはそれが笑顔には見えなかった。

 美祢は距離感を忘れてしまったかのように、主に詰め寄る。

「美祢さん? お顔が怖いんですけど、怒ってます?」

「あれ、先生。いつから美祢パイセンを名前で呼ぶようになったんです?」

「あ、あー……。ほ、ほら、皆とも付き合い長くなったし、これからはみんな名前で呼ぼうかなぁってさ」

「えー! うちらだけですか? はなみずきの先輩たちもですか?」

「も、もちろん、かすみそうだけだよ!」

 とっさにごまかし、かすみそう25のメンバーを名前で呼ぶことが決定した主。

 美紅の追及を躱せた代わりに、美祢のほほが膨れていくのは言うまでもなかった。

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