六十五話
ちょっとした事故もあったが、水城のコーディネートはおおむね好評だ。
「お、先生。良いんじゃないですか」
「そうですか? モノトーンで楽なのは良いんですけど」
「先生はもうちょっと若めな格好も似合うんですねどね。でも、ほらこうして並んだ時……バランスよくないですか? お似合いだと思うんですよ、私たちって」
フィッティングルームの鏡に映る主と水城。水城は一段低い位置にいて、しかも膝をかなり曲げている。
「ごめんね、ちっちゃいオジサンで」
「わー! 違います違います!! ほら女性の方が一般的には色味が強いじゃないですか。そういうバランスです」
そうは言ってもよく見れば、水城の靴はヒールのないスニーカーを履いている。以前はもう少しヒールがあったものを履いていた記憶がある。
流石の主にもわかる。水城が自分と並んで歩くために少しでもと、気を遣いスニーカーにしているのだろうと。
「今日はありがとうございました」
「いえいえ、先生を時計沼に落す一歩目としては上々でしたし」
「こちらこそ、ごちそうさまでした。お食事までいただけるとは思っていませんでした」
水城は丁寧に頭を下げる。主は二人に付き合ってもらったお礼に食事をおごった。
もちろん、場所は佐藤のセッティングだが、食べ歩きにも疎い主は食事中も今後のためと色々な店を教わっていた。
「今度は二人っきりでも大丈夫ですからね」
ハートを飛ばす様にウィンクする水城。
「前向きに検討するとだけ」
「ん~、ふふ~。ちょっと前進ですかね」
上機嫌に帰っていく水城に隠れて、佐藤がコッソリと主に何かを手渡してくる。
「佐藤さん、なんですこれ?」
「ま、一応のためですよ。大事な時期ですから。今は特に」
「はぁ……?」
と、そんなこともあり、慣れない洋服を手に入れお見合いの日取りを迎えたのだった。
◇ ◇ ◇
「叔母さん。こういうのは、今回限りにしてくださいね」
「話がまとまってくれるなら、最後で良いんだけど」
指定された都内のホテルのロビーには、叔母の祥子が待っていた。主は挨拶の前に抗議をしてみたものの世話好き叔母さんモードの祥子には一切響いていない。
埒が明かないと祥子の隣にドカリと腰を下ろす。祥子は主の服装を上から下まで品定めを行い、よしと頷く。
「だいたい叔母さんは、御自分の欠点にちゃんと向き合った方が良いと思いますよ。あなたの――」
「あ、ここ、ここ」
祥子は主が抗議の続きを始めているのを、気にする様子もなく入り口に来た誰かを見つけ、合図している。
主は祥子に突き立てるはずだった指を空中で回し、自分の太ももにたたきつける。
「ったく。聞きゃーしねー」
「よく来てくれたわ。わざわざごめんなさいねー」
「いえいえ、麻生先生の甥っ子さんにも興味がありましたし、看護師の先輩なら色々悩みも共有できるでしょうし」
祥子を先生と呼ぶ時点で、主はこの話はまとまらないと確信する。
部長職とは言え、祥子も一介の看護師。先生と呼ぶ理由ではない。祥子を先生と呼ぶただ一つの理由。それは、看護学校の講師を祥子が行っているからだ。これは決して副業ではなく、医師会附属の看護学校によくある制度。即ち目の前にいるこの女性も看護師というわけだ。
色々あるが、看護師と看護師の成婚率はそこそこ低い。看護師同士はお互いを男女と見ない、何故ならそういう仕事だから。残念なことにそういう刷り込みがされている。
したがって主は、この整った顔立ちの上品そう女性にまったくときめくポイントが見つからない。そう、看護師というだけで、だ。
「黄十字で働いている、淡路岬さん。7年目で専門看護師もしてる、優秀な人なのよ」
「淡路岬です、今日はよろしくお願いします」
祥子の紹介に続いて、岬は丁寧なお辞儀をする。
働いているところからはいる辺り、叔母の本気度がよくわかる。しかも自分を看護師として紹介しているようなことも匂わせている。
ならば、主の自己紹介はこうなる。
「どうも、麻生祥子の甥の佐川主です。物書きをしています」
「物書き……ですか? 看護師をなさってると聞いたんですが……」
「ああ! それはね、違うのよ。あー――」
誤魔化そうとする叔母の言葉を遮り、主は笑顔で答える。
「はい、この話が来る前に転職したんですよ。看護師にはまったく未練もないんですけどね。叔母の勝手な思い込みで。叔母さん、嘘ついてまで話を進めるなんて、感心しませんねー。淡路さん、残念ですけどこの話は無かったってことで……」
自分以外の理由で断れるなら最良だと、主は誰の口も挟ませない速度で終わらそうと席を立つ。
「あの、小説家さんなんて患者さんでもお会いしたこと無いんです。お話聞かせてもらえませんか?」
歩きだした主の足が止まる。
「え?」
淡路の言葉に祥子は、大きめのガッツポーズを決めている。
「じゃあ、上のレストランでお食事でもしながらお互いの話でもしてくると良いわ、その後カフェでお茶も出来るしね。なんなら、バーでお酒って流れ有るかもしれないしね。主、ちゃんとエスコートして差し上げるのよ! じゃあ、後は若い人だけで」
今にも高笑いをし始めるような顔の祥子。主よりも早口で、全部いいきる前にさっさと立ち去ってしまう。
レストランから先に何か言っていたが、全部予約しているからそこまでは帰るなという意味だろう。
「相変わらず可笑しい方ですよね、祥子先生って」
「そうですね。頭が飛んでる人です、本当に」




