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六十一話

 その日高尾花菜は、朝から親友の賀來村美祢の様子がおかしいことを気にしていた。

 表面上は平静を装っているが、ふとした瞬間顔を覆い耳まで紅くなってうつむき、頭を振って顔を上げるといった行動を繰り返している。そのせいで、まだ二限目が終わったところだというのに、そして現役のアイドルだというのに髪型はボロボロになっている。

「おーい、美祢。頭直すからこっちおいで~」

 そのまま放置は、さすがに不憫だと短い休み時間を利用して美祢のセットを買って出る花菜。

「どうしたの、今日は?」

 美祢は高校に上がったころから、思い悩む傾向がたまに出る。いや、アイドルになった頃からと言うべきか。

 なので、こうして花菜が美祢の髪をセットするのも珍しくない。そう、珍しくないのだが……。


「あれ、ミー君。今日珍しく浮かれてる?」

 近くの席の共通の友人も気がついたようだ、思い悩む美祢は何時もこの世の不幸を一身にしょい込んだような表情をする。が、今日は美祢を包む空気が、明るいのだ。しかも、異様なほど。

「そんなこと無い……よ?」

 答えを返す美祢の言葉は歯切れが悪い。他の誰かなら、問い詰めてでも理由を吐かせるところだが、この親友は口を割ることがない。

「えー! 絶対何かあったじゃん!? 何々? 男?」

 花菜は友人の言葉に眉をひそめる。

 この友人は悪い奴ではないのだが、如何せん恋愛体質というか、恋愛至上主義な思考回路が詰まっている。アイドルをする=イイ男を捕まえる為と花菜たち二人の動機を勝手に決めつけている節がある。

「……」

 そんな話題になった時、二人は決まって閉口するのだ。

「ってかさ、またミー君ファンに色々聞かれまくってるんだけど、どうすれば良い?」

「ユミちゃん、ごめんねー! いつも通り知らないで通して」

 美祢はこの頃ファンが増えているようだ。どこからか掴んだ交遊関係から美祢にたどり着こうと言う不逞の輩まで出てくる始末。


 可能な限り普通に登校するように調整してきたが、段々と普通の生活が難しくなってきている。

 たが、美祢はまだ大丈夫だと考えている。何せ自分の髪をいじっている花菜は、今の自分以上の熱狂の中こうして学校生活を送っているのだから。

「ミー君はさ、花菜と違ってモテるんだから気を付けなね」

「ユミちゃんは、またそんなこと言う~。花菜のほうが人気なんだから、そんなこと無いよ」

 美祢は、からかわれたかのような反応を返す。

 その反応にユミも花菜も、なにも分かっていないと深い深いため息を落とす。

 確かにアイドルとしての人気は、花菜に軍配が上がるだろう。しかし、花菜がアイドルになる前は、花菜を通して美祢に近寄ろうとする男子が月にダース単位で湧いていた。ステージ外だと美祢のほうが上だった実績がある。

 ただし、それが分かると美祢がアイドルとしての人気に繋がらないのは、自分の不甲斐なさだと泣き腫らす日々になることが容易に予想できるので、花菜もユミも面倒くさいので全部は言わない。


 そんな周囲に鈍感な美祢は、花菜がセットした髪を昼になる前には見事に崩してしまう。

 流石に花菜でも今日は美祢に聞かなくてはいけない。

「その前に……」

 花菜は休み時間に美祢と合流する前に、メンバー内での事情通である渋谷夢乃しぶやゆめのに電話をする。

「あ、ユメさん? うん花菜。昨日さ、事務所で何あったか知ってる?」

 昨日のことを聞いた花菜は、はなみずき25のアンダーであったつぼみが独立したグループになることを美祢は花菜にまで秘密を通そうとしていることを知った。

 そして、結成式という名の会食があったこと、そしてその場にある人物がいた事を知ることとなる。

 そこで花菜に幼馴染特有の勘が冴える。

 この人物と何かあったに違いない。釈然としないモヤモヤが花菜の胸に生まれる。

 

「あ、花菜。席取っておいたよ」

「ありがとう、 美祢また大盛のうどんなんだ。いい加減太るよ?」

「その分動くからいいの、花菜はもっと食べた方がいいよ、サラダだけじゃ持たなくない?」

「男はポッチャリのほうが好きらしいよカンチャン」

「撮影あるから食べれないの、それにモテなくていいし」

 昔は花菜と美祢は、姉妹に間違われるほど似ていた。体型も髪型もそっくりだった。しかし、思春期を迎えると花菜の身体は美祢とは似ても似つかない体型になった。

 花菜は女らしさが体型に出て、身長も美祢より大きくなってしまった。花菜はそれが嫌だった。

 花菜の想うアイドルらしさは、美祢がすべて持っていた。

 本当に楽しんでいると周囲に嫌でも分からせてしまう二段階の笑顔。その時見える瞑ってしまったかのような、糸のような目。

 小さく儚さを含みながら、力強く動く手足。

 どこを取っても美祢は、生粋のアイドルだと花菜には映る。本来スカウトされるべきは、美祢のはずだ、と花菜は今も心のどこかで想っていた。

 だからこそ……。


「美祢、帰る前にちょっと話があるんだけど、大丈夫?」

「……今日もスケジュールは白だから、大丈夫」

「あれ、結構歌番組呼ばれてたよね?」

「軒並み出尽くしたから、次を待てって。……って前話したよね?」

 そうだっけ? と、ユミがとぼけた顔で返すと美祢は怒ったような表情でうどんをすする。

「ごめんて、ほら、唐揚げあげっから」

 差し出された唐揚げを笑顔で頬張る美祢の姿は、花菜から見ても可愛いと思わせる。

 

 悔しい、なんで自分は美祢じゃなかったのか。

 自分が美祢なら、自分は理想のアイドルを体現できたのに。

 知らず花菜の右手に力がこもる。

 

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