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五十八話

「ごめんなさい、最近ちょっと涙もろくて」

 カメラが止まると、主は誰に言うでもなく言い訳をはじめる。マイクを外しに来た音声スタッフも苦笑いだ。

「先生」

 主が声の方を向くと、つぼみのメンバー……いや、かすみそう25のメンバーが一列にならんで主を見ていた。

 主が居ずまいを正すと、美祢がしっかりと主を見たあと頭を下げる。

「私たちのアルバム制作に参加いただきありがとうございます。ご尽力に報いられるようがんばります」

 メンバーも美祢のあとを追うように頭を下げる。

「こちらこそ微力を尽くさせていただきます」

 応えるように主も頭を下げる。


 お互い頭を上げると、気恥ずかしさに耐えかねたメンバー、特に年少のメンバーが主にまとわりつき、なんとか空気の変更を試みる。

 それを察したのか、吾もわれもと他のメンバーも主の方へと歩み寄る。

「先生、また小説書くの?」

「そうだね、それが仕事だから」

「今度の主役誰にするんですか?」

 わらわらとまとわりつく少女たちに、ようやく笑顔が戻ったと主も満足そうに一人ひとりの顔を見渡す。

 そんなとき、一人のメンバーがポツリと冗談交じりに呟いた。

「それにしても、かすみそうはないよねー」

 何人かが同意を返す。


「え、良い名前じゃん」

 予想できていた言葉に、主は即座に反応する。

 主の言葉にメンバー全員が、否の表情を向ける。美祢もあまりポジティブな反応を見せない。

「えー! 僕の一番好きな花なのに、残念」

「だって……地味じゃん、ね?」

 メンバーの中でも、ファッションにうるさいメンバーである東濃まみ(とうのまみ)が主に反応を返す。

 主は本当に予想通りの反応を返すメンバーに、待ってましたと言わんばかりの笑顔を見せて手を扉に向けて大きく一言発する。

「そういうと思って、ご用意いただきました!! お願いします!!」

 

 開け放たれた扉から数人のテレビクルーが大きななにかを抱えて登場する。

 抱えていたのは、かすみ草だけの花束。かすみそう25のメンバー分、8人分の花束がメンバーに届けられる。

 かすみ草の花束は、確かに他の花束ほど色味もなく華美ではない。だが、かすみ草だけの花束は白一色に染め上げられ侵しがたい神聖性を想像させる。

 確かに一つ一つの花は小さく目立つものではない。だが、群として見ればこれほど白の調和がとれた花は無いだろう。

 主は花束を全員に手渡し、手にした花束に目を奪われているメンバーをよく観察する。

「うん、やっぱり君たちによく似合ってる」

 うんうんと何度もうなずき、主は再び全員の顔をよく見る。

「それにね、かすみ草の花言葉も君たちにはよく似合ってるんだよ。『清らかな心』『無邪気』『親切』『幸福』そして『感謝』。いつまでも感謝とその無邪気さを忘れず、見る人に幸福を与えられるそんなアイドルになってください。改めて、デビューおめでとう!」

 かすみそう25のメンバーが持つ花束に幾つかの雫が落ちる。

「お、せっかくだから一枚撮っておこうか」

 花束を持つ新しいアイドルたちを見つけたカメラマンが、記念にと撮った一枚の写真。練習着で髪もまともにセットしていない、メイクも撮影用ではない、そもそも涙でメイクが落ちかかっている本当に記念として撮った一枚の写真。

 涙を落としながらも笑顔を作る少女たちの写真。それは何故か結成報告の記事と共に世に出回ることになる。

 だが、それはかすみそう25の初期のベストショットの一枚として、長らくファンの間に語られる一枚となる。


 ◇ ◇ ◇


 撮影が終わると、かすみそう25結成を祝う簡単な会食が行われた。未成年の多いメンバーたちには申し訳ないがと祝いの席ということで、若干のアルコールも振る舞われる。普段はあまり口にしないが、主のコップにも琥珀色のアルコールが注がれている。

 主にとって酒の席は仕事という認識だったが、今日という日は楽しい酒を味わうことができた。

「先生、もし吸われるなら屋上開けておいたので」

 立木にそう言われ、主は一人屋上へと向かう。

 いつもよりゆっくりと火をつけたタバコを一口吸い込み、肺に入った煙と空気をすべて吐き出すかのように、ゆっくりと排気を行う。


「ああ、今日は良い日だ」

 独り言を独り言だと認識しながら、自分の中に浸透させていく主。

 合宿の時、ただ走るだけで泣いていたメンバーがいた。何時までもダンスが覚えられないと、悔しさを隠そうとしないメンバーがいた。

 昨日より走れた、ダンスのステップを間違えかなかった、ただそれだけで空でも飛んでしまうのではないかと言うぐらい喜んでいたメンバーたち。

 そんな彼女たちが、はなみずき25のアンダー、後ろに隠れる存在ではなく、自ら日の当たる場所を探すために芸能界、そして社会の荒波へと漕ぎ出していく。

 主の人生でこんなにも嬉しい旅立ちの瞬間はなかった。

 嬉し涙をみる機会の無かった、少なくとも看護師をしていた頃には見られるものではなかった、そんな貴重なものを記憶に留めることができた。それが何より嬉しい。


 主の気分のせいか、細く消えかかった月が誰かの笑みに見えた。手に持っていた杯を月と鳴らし勢い良くあおる。

「いた! 先生皆が探してましたよ」

 主は声のする方を振り返る。


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