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五十七話

 立木は入室すると、ゆっくりと中央に向かいつぼみのメンバーを一人ひとり見渡す。

 全員が立ち上がり自分の方を見て緊張しているのがわかる。

 メンバーは確かに自分の方向を見てはいるが、立木本人を見ているのではないこともわかっていた。

 明るさが取り柄の埼木美紅も、顔色を変え必死に何かに耐えている。それを分っているからこそ、立木は自分の歩みをわざとゆっくりと、この空気感を壊してしまわないようにと自分に言い聞かせる。

 そんな中、賀來村美祢だけは確実に自分を目視しているのがよくわかる。

 デビュー当時は全く自分に自信など無く、伏目がちで泣いている印象しかなかった少女がまるで後ろにいる後輩たちを守るかのような強い意志を前面に出している。

 そんな時立木は、安本についてきてよかったと思う。少女が、人が大きく成長する姿を間近で見られるのだから。それ故に安本がどれほど恐ろしいのかもよくわかる。

 あの押し切られるように決断させられた賀來村でさえこうも変わってしまうのだから、あの人の頭の中ではどんな創造が行われているのか、知りたいような知ってしまったら自分も大きく変えられてしまうのではないかという思いがこみ上げる。


 立木は全員を見渡せる位置に付くと、手で全員に着席を促す。

 そして自分の手に持ったファイルを芝居がかった仕草で開く。

「みんな、冷静に聞いてほしい。……デビューおめでとう!!」

 立木の言葉に少女たちは、一瞬何を言っているのかわからないといった表情を浮かべる。

 最初に反応できたのは、やはり美祢だった。

 後ろを振り向き、美紅を見つけると放心状態の美紅に飛び込む。

 美祢に抱きしめられ、背中を叩かれてようやく立木の言葉の意味が理解できた。

 その蒼白だった顔に、徐々に精気がもどり赤々と目が染まっていく。

「~~~!!! っ! ~~~~!!!」

 はるかに小さい美祢の体に全身をうずめ、声にならない声でその喜びの雄たけびを上げている。

 その姿を見た他のメンバーたちも、やっと状況が呑み込めるようになり、喜びを思い思いに表現しだす。

 歓喜の泣き声が収まる頃を見計らって、立木は次の言葉を口にする。

「デビューに当たって、君たちは『つぼみ』ではなく新しい名前を名乗ってもらうことになった」

 まだ涙の収まらない顔の全員が、必死に次の言葉を聞き逃すまいと立木に集注する。

「君たちの新しい名前は、……かすみそう25だ」


「……」

 声には出さないが、全員が全員意味が分からないといった表情をしていた。

 それはそうだろう。伝えた立木でさえその名前は無いだろうと思ったのだから。

 安本以外で、この名前にポジティブな反応をしたのは@滴主水ただ一人だ。

 有ろうことか、彼は『すっごくいい名前じゃないですか! 応援しがいのある凄いグループ名ですね』と、大絶賛だったのだ。立木は本当に@滴主水の正気を疑った。

 だが、正気の上で大絶賛していたのだからなんと反応していいのか戸惑ってしまった。

 まあ、アイドルのグループ名など何度も名乗っていくうちに口が慣れていくものなのだから、そこを問題にしても仕方がないと立木は思うことにした。

 問題はどんな楽曲を歌い、どんなパフォーマンスをするか。それに尽きる。

 例えどんな馴染みのない名前でも、パフォーマンスさえしっかりしていれば世間は案外受け入れるものだから。


 立木と同様に、メンバーの反応は芳しくはない。

 カスミソウと言えば、どう考えても主役の華ではない。他の主役を引き立てるための脇役の花だ。

 そして一つ一つは小さく、目立つものではない。

 運営サイドからの期待は皆無ということの現れではないか?

 皆そう思い、ただ自分たちが自分たちのグループでデビューできるという喜びもまだ熱を持っている。

 まだ未熟な心では、その二つをどう処理していいのか。最年長の美紅や最長芸歴の美祢でさえ戸惑いを隠せないでいた。


「そして、君たちのデビューアルバムの作成も決定している。その制作に、この人も関わっていただくことになった」

 そう立木が言うと、会議室の扉が開きよく知った顔の男が現れる。

 それは……@滴主水こと佐川主その人だった。

「先生……」

 辛うじて声を出すことのできた美祢は、なんと声をかけていいものかと言いよどむ。

 なぜなら、主の顔は満面の笑みで満開になっていたのだから。

 しかも、しかもである。主の顔は確かに笑っているにも拘わらず、その瞳からは大粒の涙が止めどなく流れていた。

「おめでとう! 本当におめでとう、皆!」

 大の大人である主が、こんなにも、泣いてまで喜んでくれている。それは確かに嬉しい。しかし、メンバーの誰よりも大きな涙を流しているのはどうなんだろうか? 次第に冷静さを取り戻しつつあるメンバーたちは、どう声をかけていいものか大いに悩んでいた。

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