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五十六話

 主が退職届を出して1か月。部長である叔母には何度も引き留められたが、引き継ぎのない業務が幸いしすんなりと専業作家としての生活がはじまった。

 季節は秋。

 主にとっては落ちている枯葉に、思いを寄せてしまう季節が来ていた。それでも例年とは違い人恋しいや寂しいと感じること自体は少なくなっていた。

「先生! 今度はわたしを主役にしてください」

 打ち合わせできた安本の事務所で、たまたま居合わせた埼木美紅にそう詰め寄られる。

「埼木さん、近い近い」

 先日誕生日を迎え、21歳となった自称大人の女性の美紅。しかし、男である主にゼロ距離で詰め寄る姿はまだどこか少女の一面を残して危うい。

「主役って? 特典のやつならもう出してるんだけど」

「えー! どうせまた美祢パイセンが主役なんでしょ」

「否定はできないけど、埼木さんだって結構中心で取り上げたんだけどな」

「絶っ対うそ! 美祢パイセン以外だと日南子とか若い子好きじゃん先生」

 まるで何かの罪を吊るしあげられているような美紅の言い分に、主は若干の動揺を見せながら言い訳を始める。


「そ、そんなことないよ。こうやってわざわざ絡みに来てくれる埼木さんには感謝してるんだから」

 主の顔を覗き込み、美紅は真剣な表情をせる。そして、ハァーと大きくため息を漏らす。

「駄目だぁー。釣れないかぁ」

「なんでそんなに小説にこだわるの?」

 落胆している美紅に問いかける。すると、決まっているだろうと顔で答えたあと、ため息混じりに答える。

「うちの親、やっぱアイドルに反対なんですよね。しかもデビューも決まってないアンダーだと、余計に。だから、目に見える形で大丈夫だって言ってやりたいんです」


 アイドルになったからと言って、楽曲を売り出したわけでもなく何回かステージをこなしただけのアイドルグループ『つぼみ』。他のアイドルグループに比べれば、はなみずき25と何かと話題に事欠かない美祢のお陰で知名度はあると言っていいだろう。しかしメンバー一人ひとりが認知されているかと言われればそうではない。

 ただでさえギャンブル感とイリーガル感の強い芸能界での仕事。親からすれば、まして娘がともなれば心配するなという方が酷というものだろう。


 沈んだ表情になった埼木になんと声をかけたものか、主が悩んでいるとようやく本来の対応者である立木が姿を見せる。

「お、埼木じゃないか。なんだかんだ言って、お前らつぼみの奴らは先生のこと大好きだなぁ。先生もお待たせしちゃって」

「そんなんじゃないです!」

「だそうです。お疲れ様です、立木さん」

 やけに上機嫌な立木。主は少しだけ不審に思うところがあったのか、美紅と立木にとりあえず調子を合わせておく。

「埼木、つぼみは全員集まったか?」

「あとは……美祢さんが来れば全員です」

 そんなことを話していると、慌てて美祢が走り込んでくる。

「お疲れ様です! 遅くなりました! すみませんでした!!」

 入ってくるなり、光速で頭を三回振り下ろす美祢。

 それに対してごく当たり前かのように、手を上げ応える立木。

「おう、学校だろ? 何かトラブルとかじゃないだろ?」

「はい、スケジュール調整の欠席届けで少し」

「ん。じゃあ埼木、賀來村と一緒に会議室につぼみのメンバー集めておいてくれ。……第三な?」

「はい!」

「……わかりました」

 来たばかりの美祢は、走ってきたせいでアドレナリンでも出ているのか普段以上の声で返事をする。が、主との話が途中で終わってしまい不安が残る美紅は、いつもの明るさに影を落としている。


 対照的な二人を見送り、主は普段より上機嫌な立木に向き直る。なぜだろう。主の胸に一抹の不安がよぎる。

「良いことでもありました? 立木さん」

「あ、わかります? そうなんですよ、だからこそ! 先生を御呼びしたんです!!」

 いつも見せられていた立木の落ち着いたキャラは、大人が必死に積み上げたキャラだったようだ。根は明るいいい人そうだと主は認識を改める。

「じゃあ仕事の話ですけど……」



 会議室に集められたはなみずき25のアンダーグループつぼみのメンバー8人。それぞれ仕草は違うが、皆緊張した面持ちでじっと前を向いている。

 呼びつけたはずの大人はいないが、代わりに良くみるカメラスタッフがメンバーそれぞれの表情をなん往復も撮影している。

 テレビ側の大人もカメラだけが部屋にいて、他には誰も見受けない。

 それがより緊張を煽る。

 まるで、はなみずき25の新曲のフォーメーション発表のような空気が流れている。しかし、デビューしていない自分たちに対してそんな真面目な空気感を演出するなんて。

 メンバーの中には、どうしても嫌なイメージが浮かんで来る者もいた。解散の二文字がどうしてもチラつく。

 美紅もその一人だった。先ほどから、顔面は蒼白。唇の色もメイクしているはずなのに何故か白くみえる。

 そして、立木はタメをたっぷり使い、新たなカメラを従えて入室してくる。

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