五十四話
少女たちとの楽しかった一時は、あっという間に過ぎ去って行く。
アイドルであることを意識してか、それとも未成年のメンバーを気遣ってかアルコールは一切出てはいないのに、メンバーたちと水城は、賑やかさを失うことなくデートと言う名の親睦会はたけなわとなった。
「先生! 今日はご馳走様でした。今度は先生から誘ってくださいね!」
小山あいの言葉でメンバーと水城は一斉に頭を下げ、主に礼を言う。
「あ、そうだね……また、本が売れたらね」
宴の最中は少女たちのはしゃぐ姿に笑い、問い詰められるように迫られ恋バナを無理やり絞り出させられたりと、それなりに楽しんでいた主。
だが、さすがに会計を見て現実へと返ってきた。
今まで1日で使った最高金額の3倍を超えて更新をしたことで、飲んでもいないのに自分が雰囲気に酔っていたことに嫌でも気がついてしまったのだ。
なんとか顔には出さなかったが、少女たちを送り出したあとポツリと呟いてしまう。
「明日から仕事、……本当に頑張らないとな」
◇ ◇ ◇
数日後、主は本業の合間を縫ってはなみずき25の事務所へと足を運ぶ。
どうにかリテイクの要件を満たす文章に直した原稿を提出しに訪れたのだった。
「先日はうちの娘たちがご馳走になったようで、ありがとうございます」
「いえいえ、こちらこそ大変勉強になりました。御配慮感謝します」
立木は含み笑いをしながら、言葉を繋ぐ。
「べ、勉強ですか?」
「はい、三人寄れば姦しい。25人越えたら恐怖になるんだと痛感しました」
主の言葉に耐えきれず吹き出してしまう立木。
「っぶふ。き、恐怖でしたか……?」
肩を震わせながら相づちを打つ立木に主は、表情を変えずに更なる追い討ちをかける。
「はい、25人から有りもしない恋バナを強要され、何よりあの年頃は男女関係なく良く食べるのだとると知ることができました」
立木の珍しい笑い声に、周囲にいたスタッフは何事かと覗き込んでくる。
「それであの加筆部分でしたか! あ~、笑った。久しぶりに笑いました」
「笑っていただけて何よりです」
なんとか仕事として昇華しないと、主も消化できない手痛い出費だったか、なんとか消化できそうだと胸を撫でる。
ひとしきり笑った立木の携帯が鳴る。
「はい、立木。はい、はい。……わかりました。失礼します。先生、……OKだそうです」
「良かったです! ありがとうございます」
どうやらリテイクも無事に済んだようだ。と主は再び胸を撫で下ろす。
「好評でしたらまた、お願いすると思いますので」
「はい、お待ちしています」
立木と握手を交わし、主は急いで出版社へと向かう。
そのまま夜までの出版社で打ち合わせが、主を待っている。
◇ ◇ ◇
佐藤と打ち合わせをしていると、牧島が申し訳なさそうに主たちを見ていた。
「牧島くん……?」
「え? あ、本当だ。珍しいですね、漫画部からこっちに来るなんて」
牧島に気がついた佐藤は、席を立ち牧島にゆっくりと近寄っていく。そんな佐藤を待ちきれなかったのか、牧島は佐藤の胸に飛び込むようにすがり付く。
そのままの態勢で2・3言話すと、佐藤と牧島は肩を落としながら主へと近寄ってくる。
「どうしたんですか?二人とも」
「少し参ったことに、牧島くん……」
「あ、……はい」
神妙な表情の牧島は、数度言いよどんでからようやく話を始めた。
「あの……その……、実はですね。クレームが入りまして……。傘部ランカ先生から、@滴先生へ」
「クレーム……? 傘部ランカ先生から……? なんでですか?」
牧島にも理由がわからなかった。ただ一言、@滴主水をスタジオに連れてこい。
それが担当編集である牧島に伝えられた、傘部ランカ唯一の言葉だった。
漫画界の大御所である傘部ランカ。現在の編集長も名前を呼び捨てにし、会社の役員でようやく対等に話始めることのできる大御所。
魔法創世神話シリーズ、『ゼロから始める魔法体系』の作画担当作家と原作者という関係ではあるが、ほぼ無理やり押し切られた形で始まったコミカライズを作っている同士で何を怒らせることがあるのだろうかと頭を悩ませる。
「とりあえずあちらに行けばいいんですね?」
「はい、……そうしていただけると編集部的にも大変助かるんですが……」
どっちにしろ怒らせているのなら、行かないわけにはいくまい。
そこに立場の高低は関係なく、仮に同じ新人作家のピザ時計廻りから呼び出されても行くに決まっていると二人には言うものの、主が若干及び腰であるのはしかたがないことなのだろう。
「……ちなみにお土産なんかは必要ですかね?」
「先生、残念ながら……あちらに伺うのは今日これからです。手土産買う時間があったら1秒でも早くあちらに付く方が肝要というやつです」
「……マジ?」
思わず口にしてしまった言葉に、編集者の二人は無言で頷く。
そして手ぶりで付いて来いという佐藤の後を、牧島と主はまるで囚人のごとく付いていくのだった。