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五十三話

「先生! 先生が空いてる日って、何時ですか?」

 花菜の言葉で主の頭に、ようやく花菜の言葉の意味が到達する。

「あ、あの? デート……って言いました? 今」

「はい! 何時が都合いいですか?」

「……」

 主は頭を抱えるしかない。ついさっきまで花菜のわがままを叶えてあげたいと、本当に心のそこから思っていた。

 それに偽りはない。

 しかし、しかしだ。そのわがままがデートだと言われたら、はいそうですかとは言えない。やっと作家として専業出来るかどうかの位置にいる主にとって、はなみずき25の事務所から貰える仕事はある種、生命線といえる。

 報酬が高いからではない。違約金が高いから。

 違約金の額は、看護師としてためてきた貯金と、作家になって得た金額よりも少しだけ高い。


 なぜ主がそんなことに怯えているかといえば、アイドルとしての花菜の最初のスキャンダルになってしまうからだ。そうなった場合、主は違約金を支払うことになるだろう。そして場合によっては、主は看護師という職業すら失う可能性すら秘めている。

 さて、どう言ったら自分にも花菜にも危険のないおねだりに出来るだろうかと、思案を始める。

「先生、せ~んせ! どうしたんですか? いきなり黙り込んで」

「あ、ああ。何でもない、何でもないんですけど……」

 また思案の続きに入ろうかとしていた主に気が付き花菜は、正にアイドルらしい笑顔で主の思案を止める。

「大丈夫ですよ、先生。事務所にも話しますし、問題にならないよう手は打ちますから」

 具体的な対策は聞けなかったが、とりあえず事務所が知っているなら大きな問題になるまいと、主は安堵の表情を見せる。


「だから、先生のスケジュール。教えてください」

「あ、うん」

 主の不安が失くなったわけではない。だが、不安を眠らせることに成功した花菜は、まんまと主のスケジュールを手に入れることに成功する。

「あ! この日先生も休みなんですね! わたしたちもこの日は全員オフなんですよ。じゃあ、その前の日! この日にしましょう!」

「え、あ、はい。えっと時間は……」

「ん~。ディナーをご馳走して欲しいです!」

「え~と。なら18時とかかな?」

「そうですね……っあ! お店は任せてもらってもいいですか?」

 花菜の言動に、少しだけ怪しさを感じないでもないが、花菜の年頃が求めるディナーと言うものに、見当がつかない主は首肯する。

「じゃあ、まとまったら連絡しますねー!」

 花菜にまんまと連絡先を押さえられたことに、気付きもしない主は花菜が振る手に合わせ呆然としながら手を振り返していた。


 そして数日後、花菜からの連絡に了解した旨の返信を送り、さらに数日後。

 主は中華街のとある店の前に来ていた。世間に疎い主はわからないが、店構えから町中華の3倍は客単価が高いことはうかがえる。

「ま、まあ、大丈夫。たぶん大丈夫。あの子もそんな無茶言わないだろうし」

 少し時間は早いが、近くに用事もないこともあり店に入ろうと足を進める。

 慣れないスーツ姿の自分に違和感を感じながらも、一応は年上の男として恥ずかしくない格好が出来ているかと不安になる。

 対応する店員の反応を見て、可もなく不可もない格好が出来ているのだと判断する。


 案内された部屋の扉が、やけに重厚に見えて再び不安の顔が現れる。

 いや、大丈夫だと自分に言い聞かせた主は、開けられた扉をくぐり抜ける。

「あ、先生来たよ~。こっちこっち~」

 そう言って手を振っているのは、……はなみずき25の美容番長、園部レミだ。

 他にもはなみずきのメンバーが二つの円卓に座っている。なぜか水城晴海もちゃっかりと座っている。

 呆然としている主をみかねて、花菜が背中を押して席に誘導する。

 されるがまま席に付いた主は、隣に座った花菜に説明を求めるように視線を送る。


「ほら、先生にはわたしたちの小説書いて貰ってるじゃないですか? だから、もっとわたしたちのこと知って貰おうって思ってみんなに声かけちゃいました」

 なるほど、一対一でないなら確かに事務所も警戒しない。と言うか、そもそもデートとはなんだったのかという状態だ。良くみれば主の席のない円卓には事務所スタッフらしき人も座っている。

「なんだ、親睦会がしたかったならそう言えば良かったのに」

「え~、これは先生とわたしたちのデートです、デート」

 花菜がそう言うと、周りのメンバーたちも沸き立つ。

 なぜかデートを連呼して、テンションを上げるメンバーもいる。本当に謎だと主は苦笑いするしかなかった。

「花菜、あんまりだよ。ここじゃ先生と話せないよ~」

 円卓の反対側で水城が、不満を漏らす。

「え? 直に話したいなら自分でデート誘えば?」

 花菜はそう言い放つと、勝ち誇ったような顔を水城に向ける。出来るのならやってみろといった表情だ。

「けち~」

 スゴスゴと下がる水城の表情が、年相応に明るく見えた主はなんとなく安心した気持ちになる。


「先生、ごめんなさい。花菜が無茶言ったみたいで」

 隣の席からかけられた言葉に反応し振り向くと、そこに座っていたのは美祢だった。

「え、あ、うん。大丈夫、ちょうどまた取材しないとなって思ってたところだから、本当にいいタイミングだったよ」

「先生! 今日はデートですからね、先生もそのつもりでいてくださいね!」

 主の取材という言葉に思うところがあったのか、花菜が再びデートを強調してくる。

「そうだね。デート、……デートね」

 異様な盛り上がりを見せるメンバーたちをみながら、主は自身の認識しているデートとは? を頭の引き出しから出してみる。

「これがジェネレーションギャップ……ってやつか」

「先生、本当に大丈夫ですか?」

 心配そうに美祢が顔を覗き込んでくる。

「あ、うん。本当に大丈夫」

 笑ってみせたあとに、とあることに気が付き一瞬だけ顔を青くしたが、自分のとなりで楽しそうに笑っている花菜と、何度も居ずまいを直している美祢を見て顔色を戻す。

「……ま、デート……だからね」

 誰に聞かせるでもない主の呟きは、少女たちのはしゃぐ声に掻き消されてしまう。

 主は久しぶりに楽しい夕食というものを体感できた。

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