五十一話
「なんだぁ~! びっくしりした。……それよりも駄目ですよ先生、うちのメンバーは恋バナに飢えてるんですから。不用意な行動は、メンバーに悪影響ですからね!」
「はい、……すいませんでした」
架空の虫の襲来に混乱していた美祢をどうにか落ち着かせ、事のあらましを説明することに成功した主は、美祢からありがたいご忠告をいただいていた。
「それにしても、フッたんですね。水城さんのこと」
「あ~、うん。そうだね」
「あとあと後悔しませんか? あんなにきれいな人フッて」
なんとなく美祢の顔を見れない主は、天井に視線を這わせてどう答えたものかと思案する。
後悔はするかもしれない。何せ幼少期を外せば誰かに正面から好意を伝えられたことなど皆無な人生だった。だけれども、水城が泣いていたという事実には驚いたものの、やっぱり水城と、という感情は沸いてこない。
「たぶんね、したとしても納得できちゃうのかもね」
何とか口角は上げてみたものの、自分でもちゃんと笑えていないということが分かってしまう。
「10年前なら分からなかったんだろうけどね」
そう時間を理由にしてしまう自分は、ズルい男だとも思う。結局水城の想いに正面を向いて考えていなかったのではないか。そんな自問自答が思考を支配していく。
自分の新しい嫌な顔が、この年で発見されるとは思っていなかった。主は自分という人間が分からなくなってしまう。
「星の数ほどある言い訳か」
「ん?」
美祢が主から視線を外して、自問するようにつぶやいた。それは反応せざるを得ない言葉だった。少なくとも主は。
「あ、いや。……星の数ほどある言い訳よりも心が叫ぶ一番星を選ぶって、恋愛だったら大恋愛ですよね! なんか、そんなに愛してくれるって憧れちゃいますよね……怖いけど」
「あ~、まあ恋愛について考えた言葉じゃなかったんだけど。確かにそれぐらい想えたら良いだろうね
。……確かに重くて怖いね」
美祢と笑いあいながら、水城をフッた時のことを思い出す。
あの時の自分の言葉がリフレインしてくる。
思わず自分の顔を隠してしまう主。
「? 先生、どうしたんですか?」
「いや、何でもない。本当に何でもないよ」
耳まで紅く染まった主は、何とか悟られないように数回深呼吸をしてどうにか平静を装う。
知らず知らずあの言葉が、恋愛への願望にも通じていたことに気が付いた主。それを美祢に指摘されたようで、何とも気まずい気持ちになってしまう。
「ところで、先生? 今日は何しに来られたんですか? 取材ですか?」
「……あっ!」
主が転がるように応接室に戻ると、原稿をもって立木が部屋に佇んでいる。
「すいませんすいません。お待たせしました!!」
「いえいえ、こちらこそ。はなみずきの子たちがご迷惑をおかけしたようで」
「もしかして、……立木さん見てました?」
「ああ……たまたまですかね。あの逃げ方は今後の参考にさせてもらいます」
どうやら恋バナに飢えたメンバーたちは、時々スタッフにもその牙を伸ばしていたようだ。
立木の顔から、根掘り葉掘り思い出したくもない過去の恋愛まで突かれているのだろうと予想できた主。思わず頭を下げてしまう。
「お疲れ様です」
「まあ、それぐらいの息抜きはね。厳しく言い聞かせてるツケみたいなものですよ」
乾いた笑いを浮かべる立木の姿に、アイドルを育てる苦労を垣間見る主だった。
「原稿なんですけど。もうちょっと雰囲気を変えて欲しいそうなので、どんな方向性かをメモしておいたので後で確認いただければ」
「はい」
突き返された原稿というのは、いつになっても慣れないと思う。
渾身の出来とまではいかないまでも、何度も読み返して手を加えた文章にそれなりに愛着を持ってしまう。だが、仕事として飲み込むことを最近になってようやく覚えた主。
「そう言えば、安本からアニメ化のお祝いを伝えるように言われてきました。おめでとうございます」
「あ、ありがとうございます。……アニメ業界まで耳があるとは流石ですね」
まだ、企画段階の@滴主水のアニメ化まで知っているとは、さすが芸能界のフィクサーだと驚いてしまう。まだ製作委員会が立ち上がったばかりだというのに、まるでもう決定事項のようにお祝いされるとは思っても見なかった主であった。
「先生、製作委員会に並んだ名前見てましたか? うちのレーベルが入ってるんですよ」
「ああ、それで……」
「タイアップ曲は楽しみにしておいてくれだそうです」
「……? へ?」
おそらく安本の言葉を口にしたであろう立木の言葉の意味が理解できない主。
まるで時間を止められたかのように、固まって身動き一つすらしない。
「あの娘たちの番組でも、面白い企画ができたって喜んでましたよ」
「ん? へ? あの……何を?」
「まあ、企画書が届いたら読んでおいてください。ビックリする企画になるでしょうから」
そう言って主を追い出す様に見送る立木。
エレベーターを降り、1階についてもまだ主の思考は止まったままだった。
「……どういうこと?」




