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四十九話

「いやぁ~。まあお任せします」

「ありがとうございます!!!」

 主は渋々ながら魔法創世神話シリーズのコミカライズを承諾した。

 昔からの読者でもあった傘部ランカの作品に携われるのは、光栄の極みだとわかってはいるが原作の改変やどの程度の時間が必要なのかといった不安の方が大きい。

 しかし、業界的なパワーバランスには逆らえないというのが現状だった。

「今回は確認どうしますか?」

「前と同じでとりあえず4話ですかね」

「あ、それなら完成原稿が……」

 原稿を受け取ると、ため息が漏れてしまう主。

「本当に選択肢ないじゃないですか。完成原稿4話分って」

「すいませんすいません」

 流石にあきれてものが言えなくなる主だったが、完成している生原稿に目を落とすと、今度は別の意味でため息が出てしまう。


「はぁ~……。本当に漫画家さんッてズルいよなぁ」

「ズルいですか?」

「文字との情報量の違いが凄すぎますよね。こんなの見せられたら文句も出ませんよ」

 そこからはもう原稿のチェックではなかった。ただの読者として魅入ってしまう。

 まるで自分の頭の中の映像をそのまま書き写したかのようなカット割り。そして自分の頭の中にあった映像よりはるかに大迫力の作画。これが巨匠とそのスタッフが描いた自分の作品。主にはさっきまであったわだかまりがきれいさっぱり無くなってしまった。

 代わりに自分の作品がどこかに行ってしまったかのような、物寂しさが胸に落ちてくる。

「よろしくお伝えください。不明な点があればお答えしますので」

「はい、本当にありがとうございました。あ、疾風迅雷伝のコミックの献本あるんでついでにもっていってください」

「……。コミック? 発売されるんですか?」

「はい、……ご報告したと思うんですけど。もう発売されてます」

「すみませんすみません! 大至急SNSで報告させてもらいます」

 今度は主が地べたに手をつくこととなった。


「コミック発売知らないってことは、あっちのほうもご存じないんですか?」

「あ! 牧島君ダメだって!!」

 佐藤の声を聴いて牧島はしまったという顔を露骨にする。

「あっちってなんですか? まさかアニメ化とか? んなわけないか!」

「……」

「……」

 冗談で言ってみた主の発言に、編集2人が無言でいる。

「……マジですか」

「はぁ~、もうちょっと内緒だったんですけどね。おめでとうございます。@滴主水先生」

「手違いはありましたけど、おめでとうございます。」

 二人にお祝いの言葉をもらった主は、間髪容れず牧島の手を握り、力の限り上下に揺さぶる。

「おお~!! 牧島君おめでとう! ピザ先生にもおめでとうって言っておいてください」

 まるで他人事のように牧島と作画担当のピザ時計廻りをお祝いする主。自分の作品がアニメ化されるテンションでは一切なかった。

「先生、先生の疾風迅雷伝がアニメ化なんですよ? 何を他人ごとに」

「え? だってアニメ化の功績は漫画家さんのものでしょう?」

 ポカンとしている主に、佐藤は厳しい顔をして諫める。

「先生ダメです。こういうのは成功失敗全部ひっくるめて原作者も被るものですから。逃げちゃダメです」

「いや、だって実感ないですよ!! あ~、なんか夢みたいな話ばっかりですよね」

 浮かれに浮かれている主。だが、彼は知らない。夢のような話であるアニメ化が、今後どんなトラブルを巻き起こすのかを。

 主がそれを知るのは、もう少し先の話であった。


「いや~、なんだかこれまでの生活がウソみたいに上向いてきました。それもこれも佐藤さんとはなみずき25の皆のおかげですよ~。本当に足向けて寝れないぐらい」

 浮かれに浮かれ、もはや地上にいるのかさえ危うい主は、この短期間で出会ったほぼすべての人に感謝をしている。心の中で盛大に。

 そして嘘でも感謝を述べないといけない人物がいることに、まだ気が付いていない。

「先生、そろそろ本当に専業考えてくれませんか? 色々忙しくなる前に詰めたい話もあるんですよ」

「いや~、まだまだ専業なんて無理でしょ。せめて2巻が6版まで行かないと」

「先生、コミックとアニメですぐですよ!」

 2人の編集者におだてられた主は、完全に忘れていた。

 闇の……もとい芸能界のフィクサーとして恐れていた人物に、嘘でも感謝を述べておくべきだったと。

 この世には言霊というものがある。言葉にしたことが何かしら力を持つこと。

 逆を言えば、言葉にしなければ何の力も効力も発揮しないということだ。

 もしかしたら、言霊の力でこの後のハプニングを回避できる最後のチャンスだったかもしれない。

「いけるかな? 本当に行けると思う? 牧島君」

「大丈夫ですよ。何かしら炎上でもしない限り、ここまで来た話が無くなるなんて無いですから!」

 牧島の言葉に唯一、佐藤だけが引っかかるものを覚えた。

「じゃあ、退職願でも書いちゃおうかな? なんてね!」

「あ、先生。専業になったら打ち合わせ中に、居眠りできませんよ~」

 ……覚えただけだった。

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