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四十八話

 佐藤に案内されて、漫画編集部に連れてこられた主。何だかんだいて、初めて訪れる漫画の編集部に心をときめかせてしまう。

「ここで漫画が作られてるんですねぇ~」

「先生、漫画自体は各作家先生の仕事場で作られてますから。中学生みたいな発言しないでくださいよ」

 主は基本的に自分の作品のコミカライズには、大きく口をはさむのをやめている。

 最初の頃、4話までのコンテは確認していたが、作画担当の『ピザ時計廻り』の構成に満足して最近はエピソードのどこを削るかという報告しか受けていない。それもあって、原作者ではあるがコミカライズの巻末コメントは読者目線のピザ時計廻りの絶賛コメントしか書いていない。

「お久し振りです! @滴先生ー」

 そのあおりを受けて、担当編集の牧島誠まきしままことと会うのも2カ月ぶりだったりする。

 主よりだいぶ若く、社会人3年目。ようやく一人前の編集者として歩き出したばかりの新人。彼のおかげもありコミカライズもそれなりに成功と言っていい実績が上がっている。

「牧島君。お久しぶりです。ピザ先生大活躍ですね」

「そうなんですよー。ピザ先生もwebで新作始まりましたし、ピザ先生も先生のおかげだって言ってましたよ」


 コロコロと笑いながら、久しぶりに会う主にも緊張した様子を見せない。なんて人懐っこい明るさを持っているのだろうと主は密かに彼のことをうらやましく思っている。

 それ以上に、実は彼の両親をうらやましいと思っているのだが。

「ちょっとお茶買ってきますんで、このテーブル使ってください!」

 まるで子犬のように走り去っていく牧島を見て、主は無意識にため息を出していた。

「どうしたんです? 先生」

「あ、ああ。牧島君の親って僕と同年代なんだよなぁって思って」

「ああ、若いですからね。彼のご両親」

 初めて牧島と会った時、唐突に両親の話になり未だに主はそれを引きずっている。

 牧島誠の両親は10代で誠を産み育てている。しかもそれなりに有名な大学を出し、一流企業であるこの出版社に就職できるまでの教育を施した。未だに独身の終わりが見えない主にとっては、まるで物語の主人公のような両親だった。

「17で子供作って、仕事全うしてちゃんと親として生活してる人がいるんだもんなぁ」

「いや、確かに。それでいて子供があんなに明るいって、出来過ぎですよね」

 佐藤も残念ながら主と近い位置にいる大人の一人だ。確かに主ほど不自由はしていないが、それでも年齢の経過は焦りと逃避を産む。

 そんなちゃんとした大人らしい大人が、自分たちの周りに子供を送り込んでいる間に、いったい自分たちは何をなしてきたというのか。

「牧島君より下だけど、あれぐらいの子供がいてもおかしくない年齢だと思うと、来ますよね」

「ですね。世間様には尊敬出来る大人の多いことと言ったら……」

「はぁ~」

 二人が盛大にため息を漏らしていると、自分のことを話していると思ってもいない牧島は生来の明るさを全開に帰ってくる。

「あれ? お二人ともどうしたんですか?」


「アハハ! なんだそんなことですか。うちの両親は特殊ですよ、籍入れる前に僕生みましたからね。色々ごたごたしたらしいですから、僕自体はそんなに憧れませんけどね」

「いや、それでもご立派だと思うけどなぁ。当事者となったこと考えたら、その歳で決断出来るかどうか」

「全くですよ。自分もその決断はできなかった気がします」

 主と佐藤はより暗い気持ちにさせられていた。いったいこんなちゃんとした青年をどうやって産み出したというのか? そして今後、それを自分ができるのか?

 漏れ聞こえた会話を聞いていた他の社員は、相手もいないのに悩むところが違うのでは? と、思っても誰も口にしない。何とも生暖かく見守る空間が形成されている。


「それよりも、先生のコミカライズの話ですよ。先輩伝いなんですけど、先生の『魔法創世神話』に興味持ってる先生がいるんです。しかも結構な大御所で」

 そう言って牧島が主に差し出した名刺には、主も知っている漫画スタジオの名前が記載されている。

「……動植物園、スタジオ動植物園って傘部ランカカサブランカ先生の所では?」

「そうなんですよ! あの『失楽少女』のファンタジーの巨匠ですよ!」

 傘部ランカ。90年代に登場した漫画家で、独特な世界観と妙に色気のある女性のカットが有名なマンガ家である。描いた作品がどれも有名であるにもかかわらず、その世界観の深さからアニメ化されたことのない、アニメ化されても尺と設定変更で盛大に叩かれること請け合いの長編ファンタジー作家の雄である。そして、もう一つ有名な逸話がある。

「何年構想のコミカライズですか?」

「……それは傘部ランカ先生の興がどの程度乗るのかに寄ります」

 さすがの牧島でもその話題については、表情を暗くするしかなかった。

 何せ傘部ランカの代名詞『失楽少女』は、掲載誌を5回変更し30年の月日を経て、1年前にようやく終幕を迎えたばかりだ。その間主な設定は変更されなかったが、紆余曲折がありすぎて未だに考察班が掲示板で喧々諤々の言い合いに近い考察を続けている。

「原作なんですよね? 原案じゃなく?」

「それも何とも……。と、とりあえず原稿預かってきたんで見るだけ見てもらえれば!」

「原稿まであるなら、編集部的にはもうゴーサインなんじゃ?」

「すみません! とってもお世話になってる先生なので! どうにかお願いします」

 牧島はそれはそれは見事な土下座を披露して見せた。

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