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四十六話

 ここ連日つぼみのメンバーたちは、本多と付きっきりのレッスンに明け暮れている。芸能界に入ってはみたものの仕事らしい仕事の無い彼女たち。唯一決まっているスケジュールなど、自分達のネット番組くらいのものだ。

 そんな自分たち用の振り付けを再構築してくれる本多には、メンバー全員が感謝していた。そのせいか、レッスンにも熱が入る。


「よし! 今日はこれまで、解散!!」

「ありがとうございました」

 本多の言葉につぼみのメンバーたちは、深い礼をして本多がレッスン場を出ていくのを見送る。

「体は冷やさないように、さっさと着替えろよ。特に賀來村。次、歌のほうにも呼ばれてるんだ。遅れんなよ!」

「はい!」

 美祢はソロ曲を持っていることもあり、歌唱能力の強化は必須事項だ。しかし、アイドルカーニバル以降ダンスへの比重が大きくなっていた。それをようやく取り戻す決意をしたのだ。

 本多が一歩レッスン場の外へと出ると、つぼみたちは急いでレッスン場の掃除を行い、自分たちの荷物をまとめ帰り支度を超特急で始める。レッスン場の主である本多が解散と言えば、即時解散というのが最近の習わしだった。その速度は若い女子のものではなく、まるで長く訓練された軍隊のようであった。


「……まいったな」

 レッスン場を出て、しばらくすると本多は後ろを振り返りつぶやく。

 つぼみたちのレッスンへの順応は上々だ。

 合宿時の頃よりも、もう一段階上に確実に上がっていた。問題だったスタミナも改善の傾向にあり、まだおぼつかない足取りではあるが、本多から見てもようやくダンスになってきている。

 そのために生じる問題が、本多を悩ませていた。

 そこに立木が声をかける。

「本多さん、お疲れ様です。つぼみですか?」

「タッチー、良いところにきた。悪いけど、大至急、安ちゃんの時間もらえるか?」

 本多の言葉に立木は急いでスケジュール帳を確認する。古くからの戦友ではあるが、その仕事の多忙さから本多であっても安本には容易に会いに行くことはできない。

「大丈夫だと思います。声かけてくるんで、10分後で大丈夫ですか?」

「ああ、よろしく頼む」



 急きょ安本との面会をセッティングした本多の表情は冴えない。

「忠生、どうした? 急ぎだって?」

 早足で本多の待つ部屋に入室してきた安本は、その内容はわからないが重要事項であることは理解していた。本多がアイドルの育成について、進言してくることなどほぼない。それほどまでに安本と本多の行動理念は共通できている。

「まいった。俺としたことが見誤ってた。つぼみどもを過小評価しすぎてたな」

「……過小評価?」

 安本には何がいけないのか理解できていない。その表情がそれを雄弁に語っていた。

 トレーナーの見通しが甘く感じるほど、急成長するのはあの年頃であれば起こり得ることだ。それはこれまでもあったし、それは育成している側にすれば喜ぶ以外ない。

 何をそんなに困り顔なのか? 安本にはそこが理解できない。

「つぼみは、はなみずき25のアンダー。賀來村と上位をはなみずき25に入れるって話だったよな?」

「もちろん」

 本多はもったい付けるように、深い深い溜息を吐きだす。

「あのな、安ちゃん。もったいないかもしれない」

「……ん?」

「あくまでも現状って話だが、チームとして役割がしっかり出てきちまったんだよ。あれはどうしたもんかと思ったんだけどな、賀來村美祢にリーダー任せたことが良く出過ぎちまったのかもな。引き抜けるとしても1人が限度だ」

 ここ数日、本多はつぼみの独自の振り付けを、徹底的にメンバーに叩き込んできた。密度にすれば正規メンバーであるはなみずき25にも負けない時間を与えてきた。

 

 そのなかで本多の意図とは違い、つぼみのメンバーたちが本多の振り付けを独自解釈し、フォーメーションの中で立ち位置による役割を自分たちで考えに考え抜いて、結果本多が意図したよりもまとまりのある見事なグループアイドルのダンスを披露できるようになっていた。

「あそこから何人も抜くなら、もう潰して新しく始めた方が早いかもしれないな」

「そこまでかい?」

「ああ、すまん。俺の見通しの甘さのせいだ」

 本多は座ったまま腰を折る。

「で、はなみずき25に持ってこれる1人って誰だい?」

「ああ、矢作だな」

「矢作……智里か」

 矢作智里。安本と本多が特別枠で合格とした、@滴主水が見抜いた演出により合格した少女。

 年齢は美祢よりも1つ年下。あと数か月で中学校を卒業し、高校生となる。

「上田日南子じゃダメかい?」

 矢作智里は、客に与える印象がはなみずき25のエース高尾花菜に似ている。勝ち気な表情、自分の行動に絶対の自信を持っているかのような瞳。自分が美祢や花菜より上に行けると信じているあの強い眼光。

 花菜や智里のようなキャラクターは、多くなると埋もれやすい。それが安本の考えだった。

 それに対して、上田日南子はどちらかと言えば園部レミに似ている。

 温和な表情と、安らぎを与えるような言葉使い。時折見せる表情は、美祢や花菜と同い年とは思えないぐらい大人びた表情を見せる。

 

 はなみずき25は、長くスカウト組とオーディション組に分かれ対立とはいかないまでも溝が確実にあった。それを一番に乗り越えて見せたのが園部レミだ。オーディション組でありながらフロントメンバーに割り込める程度には実力をつけられる努力家。そしてメンバーが限られる自分たちの冠番組以外の番組でも活躍できるほど、周囲への空気を読むことに長けている。今や花菜に次いでスタッフからの信頼熱いメンバーだった。

 そんなレミに似た日南子であれば、人気を二分したとしてもメンバー間での調整役として十分動いてくれるだろうし、年齢の違いからキャラクターの違いが出るのではないかと安本は考えていた。

「上田が一番駄目だ。あと埼木美紅、この二人はつぼみの主軸だから外せない」

 本多は、はっきりと安本の提案を却下する。

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