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四十五話

 本多から昔ばなしを聞いたあとから、美祢の行動が明確に変わっていった。それまでの鬼気迫るようなダンスを、少なくともメンバーの前では踊らなくなった。

 代わりにメンバーたちと、特につぼみのメンバーたちとおしゃべりをしている姿が多くなった。

「美祢先輩、今日も踊らないんですか?」

「うん、……ちょっと筋肉痛がひどくって。それよりも、この曲のここでさ、みんなの顔の向き正面にできないかな?」

 異変を感じた矢作智里は、美祢に恐る恐る話しかける。しかし最近の美祢は出会ったころと比べて、話しかけやすい空気を纏っている。

「……なんで振り変えたいんです?」

 美祢の纏っている空気を敏感に読み取ったのか、上田日南子が智里の陰からひょっこりと顔を出し美祢に尋ねる。智里は一瞬日南子を引きはがそうとするが、想像以上にがっちりと持たれたウェストから日南子を剥がすことができず早々にあきらめる。

 その光景を見た美祢は、思わず吹き出し掛ける。

「もう、ヒナ! そこでいいから体重だけは掛けないで重いから」

「はーい。で、美祢さん。なんでですか?」

 つぼみのメンバーの姿を久し振りに見た気がする。最近ははなみずき25とつぼみのメンバーが同じ日にレッスンしていたはずなのに、妙に懐かしい気がしてしまう。


「美祢さん?」

「あ、えーっとね。つぼみのほうが人数が少ないじゃない? だからどうしてもフォーメーションのバランスとか、見え方が小さくなっちゃうんだよね。だったら、思い切ってはなみずき25のフォーメーションじゃなくつぼみとしてのフォーメーションがあった方がいいのかなぁ~って」

「けど、それじゃ美祢先輩の負担大きくないですか?」

 確かに智里の言う通りなのだが、美祢は笑顔で手を振り否定する。

「私は踊るの好きだし、大丈夫。でも、そっか。みんなは今までの無駄になっちゃうのか~」

 そう言えばそうだったと、美祢はまた思案顔に戻る。

 美祢の顔は明かに昨日とは違っていた。困った顔をしているのだが、どこか楽し気で優しい顔をしているように智里には見えた。

「ようやくアイドルの顔になってくれた」

「ん?」

 何でもないと手を振りながら、智里はごまかす様に美祢に質問をする。

「例えば、先輩の考えでどんな風に変えようとかあるんですか?」

 ごまかすための言葉に、日南子が抱えた智里の脇を指先で刺激する。

「え! そんな具体的には無いんだけど……例えば、笑わないでね」

 そう言ってじゃれ合う二人から離れ曲を流し、変えたいポイントを強調して見せる。

「っと、こんな感じかな?」

 美祢が踊ったのは、元のダンスと少しだけだが確かに変わっていた。

 ポーズを決めるときに中空に投げていた視線を、客席に向けるだけ。

「その視線はどういう意味がある?」

 いつの間にか本多が美祢の後ろで、美祢のダンスを見ていた。


 本多がパイプ椅子に座っている代わりに、さっきまで一つに抱き合っていた智里と日南子は二つに分かれ直立不動の姿勢で緊張している。

「ボス……いつから?」

「そんなんどうでもいい。で? その視線にはどんな意味があるんだ?」

 流石に昔ばなしを聞いたとはいえ、無様さを慰められた本多に自分の意見を言うのは気恥ずかしい気もする。本多が真剣な表情でいてくれているため何とか持ち直し、話し始めることができた。

「つぼみの皆はまず、誰かに見られていることに慣れた方がいいんだと思います。だから、あえて客席を見る振りでファンの顔を見る機会があればと思いました」

「ファンの顔? なんだ見てないのか?」

 本多に振られた智里と日南子は、縦とも横ともとれない微妙な返事を行う。

 それを見た美祢は、モニターを本多の前に持っていき指摘する。

「これ、この前のアイドルカーニバルのステージなんですけど。ほらここ。前を向いているときでも少し客席から視線外してる子がいるんですよね。だから余計縮こまってるように見えちゃうんです」

「あー、……なるほど確かに。上田日南子……お前はどこを見てるんだ、これじゃ振り変わってるじゃねーか」

 本多は指摘された箇所を確認すると、苦笑しながら特に目立つ行動をしている日南子を見る。

「は、はい! スピーカー見てました!!」

 恐縮している日南子は、いつもより明らかに大きな声で本多に答える。

「スピーカー……? お前それじゃ真横見てるじゃねーか。少しどころじゃ収まらんぞ」

 スピーカーの位置をモニターで確認した本多が、思わず笑いだす。

「上田日南子、客が怖いか?」

「……はい」

 消え入りそうな声で返事をする日南子の頭を強く撫でまわす本多は、美祢に告げる。


「これじゃしゃーねーな。つぼみどもを集合させろ、嫌でも怖い客席見なくちゃいけない振りにしてやる!」

「えー……」

 何とも情けない声の日南子を見て、3人は笑うのだった。

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