四十三話
「賀來村美祢、お前はアイドルでいたいのか? それともダンスの競技者になりたいのかって聞いてるんだが?」
本多はもう一度、同じ問いを美祢に投げる。
美祢は何を言われてるのか、理解できないまま、当然の答えを口にする。
「アイドルです」
「そうか。……あのな、カーニバルの映像見たぞ。よく踊れている、特にあーっと、ここだ。ここは本家にも負けないくらいいい動きだ」
美祢を呼びながら、先日のイベントの映像を評価し始める本多。
「まるで、誰がどこを見ているのか理解してるように動けてる。これはそうできるもんじゃない、すばらしいの一言だ」
美祢は本多の言葉に違和感を感じていた。本多がここまで誰かを誉めるというのを美祢は見たことがない。
スカウト組でも褒めたことのない、花菜相手でもダメ出ししかしない男の言葉とは思えない。
「きっとゾーンに入ったんだな。ステージはおろか会場の全てが自分の意識下に置かれたような感覚。それをまた味わいたいのか?」
美祢は素直に認める。この男、本多忠生にはあの感覚が分かっているようだ。
「だったら、もうソロのダンサーになる以外道はないぞ」
本多は美祢を否定する。いや、美祢がアイドルでいると言った言葉を否定した。
「わからんか? お前、踊ってる時、隣見てたか?」
そう言いながら画面に映った美祢のすぐ隣で踊っているメンバーを指さす。
「お前の言うアイドルってのは、おなじステージに立つ人間をこんな表情で前に出すのか?」
本多の言葉通り、隣で踊っている二人は明かに表情を強張らせていた。なんとか笑顔で塗りつぶすことはできているが、元々のメンバーを知っていれば違和感は明かだった。もっと朗らかに踊り、踊ることが本当に楽しいという表情がウリのメンバーのものではない。
美祢は気が付いていなかった。自分のすぐ隣で、いや、他のメンバー全員が美祢という異物に飲み込まれていることに。唯一花菜だけがその状況を楽しんでいるように見えるのが幸いだった。
「なあ? これはアイドルなのか?」
「……」
確かにこれは少なくともアイドルのステージではない。
アイドルを応援するファンが、毎回こんな緊張を強いるステージを見に来るわけが無い。
「いいか? ゾーンに入るダンスは基本的に複数で踊るダンスには向かない。なんでかわかるか?」
「……メンバーが全員同じじゃないからです」
「そうだ。仮にお前が5人いても全く同じタイミングでゾーンに入ることは絶対にない。それによって生じる違和感はダンスのクオリティを明確に下げる」
美祢は何も言えなかった。
アイドルカーニバルで、今年もグランプリを取ったはなみずき25のステージとは思えないぐらいその表情には華がない。
「だいたい、ゾーンなんてのはチームのダンスには必要ない。お前がやろうとしてるのは全くの無駄だ」
映像の中でチラリと映りこむ観客の表情がそれを肯定していた。
皆、困惑した表情だった。それは喜楽につながる困惑ではなかった。なんと形容していいのか、何のステージを見ているのかという困惑だった。
見たことのないダンスへの困惑が、興奮に変わりたまたま拾った勝ち。
「一つ昔話をしてやろう。まだ昭和の頃、一人の大馬鹿なダンサーがいた」
そのダンサーはダンスに夢を見つけ、単身渡米しダンス公演を幾度か成功させていた。
そして大規模なソロ公演も成功。、意気揚々と帰国しダンスチームを結成し芸能界へと殴り込みをかけた。
しかし結果は無残なものだった。
誰もアメリカ帰りのリーダーのダンスについて行ける者がおらず、まるで素人集団の悪ふざけを電波に乗せてしまった。そして自分のダンスについてこれなかったメンバーを盛大になじり、罵倒し1年も持たず解散した。
自分の最大限のパフォーマンスを維持するために取り入れた、ゾーンへの入り方。それが他者を顧みないエゴであると知ったのは、表舞台の仕事を失って直ぐの頃だった。
集団であればその統一性が、魅せ方の重要な要因であることを忘れてしまった愚かな男の独白。
「そんで、その後俺は安ちゃん。安本に拾われてアイドルの振付師になったわけだ」
「……」
「いいか、もう一度言うぞ。アイドルのダンスにゾーンなんて必要がない。特にお前たちみたいなグループアイドルにはな」
納得できたような、まだ納得できないような複雑な表情を見せる美祢に、本多は優しく語り掛ける。
「お前さんが、あの作家と出会ってからはアイドルとしてまさに理想を行こうとしてたぞ。あいつは何を言っていた?」
「笑顔、……笑顔は魔法だって」
「そうだ、よくわかってるじゃないか」
顔を伏せた美祢の頭を豪快に撫でまわす本多。その表情は長く一緒に仕事をしているスタッフも見たことがないほど穏やかなものだった。
「昔話ついでに、一人のアイドルの話をしてやろう。昭和の伝説の話を」




