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四十二話

 佐川主と水城晴海の編集部での一件と同じころ。

 賀來村美祢は大いに悩んでいた。アイドルカーニバルでのステージ、そのたった5分間は美祢の中ですら衝撃的なステージとなっていた。ステージをまるで自分の想いのままにコントロールできていたかのような不思議な感覚。見る者の視線すら目視が出来ていたのではないかという全能感。

 そして、自分のダンスにあれほどの可能性が秘められていたという高揚感が、美祢の中に広がっていた。

 その感覚をもう一度味わいたい。

 一人呼ばれた歌番組でもどうしても、あの感覚が何度もチラついてしまった。しかし、どうしてもあの感覚には程遠い。番組スタッフからどんなに絶賛を受けようと自分の中でどうしても納得できなかった。

 もっと自分にはできるんだ!! そんな声が自分の中に生まれてしまい、絶賛を受けてうれしい反面、折角呼ばれた番組で最上のパフォーマンスができなかったことへの申し訳なさに揺れていた。

 そして美祢が考えたのは、更なる猛特訓だ。

 まるで極限まで研ぎ澄まされた刃物のような空気をまといながら、美祢はレッスン場の一角を占拠していた。ただひたすらに同じステップを延々と踏み続け、決まったタイミングで振られた手から飛んでいく汗は同じ地点に着地し小さな水たまりを作り上げていた。

 踊れば踊るほど、キレが増すダンス。その反面、あの全能感とは遠くなっているようなそんなもどかしさが消えない。


 周りのメンバーはそんな美祢のダンスに、半ば恐怖の視線を送っていた。

 生来の根明、明るさの押し売りが得意な埼木美紅も、美祢には近寄れない。そんな雰囲気が漂っている。

 時間がたつにつれ、美祢のかいた汗と熱気でまるで蜃気楼の中で踊っているような、現実感のない光景となり、鏡に映る笑顔とも苦悶とも判断できない美祢に誰も声すらかけられないでいた。


 他のメンバーは美祢の姿に戦々恐々としているが、矢作智里だけは恐怖ではなく怒りに表情を歪ませていた。

「また、アイドルじゃなくなってるじゃん」

 智里のつぶやきはメンバーには届かなかった。しかし、それを受け止めた人物はいた。

「だったら、直接言ってやれ」

「っ! お疲れ様です!!」

 智里が振り向くと、そこにいたのは本多忠生、苦虫をかみしめたような顔で美祢を見つめている。

「どうした? 言ってやらんのか?」

「……いえ、言える立場じゃないので」

「ふーん。おーい! あい、こっち来い」

 智里が下を向いてこれ以上話せそうにないと見るや、はなみずき25のリーダー小山あいを呼び出す。


「ボス! なんでしょうか」

 本多に呼ばれ駆け足で応じた小山は、直立不動の姿勢をとる。

「なあ? リーダーとしてアレに声はかけんのか?」

 本多は他のメンバーにも十分聞こえる大きさの声で、未だに踊り続けている美祢を指さし問う。

「……なんて声をかけていいのか」

「メンバーとしてでもムリか?」

「……はい」

「そうか……もっとコミュニケーションをとるように普段からしておかないからだな?」

「すみませんでした」

 本多は小山に手を振って離れることを許可すると、しばらく美祢のダンスに注目する。

 すると何かに気が付いたのか、近くにいたスタッフに用事を頼む。

「えっと、……山ちゃんでいいや。この前のカーニバルの映像持ってきてくれるか?」

「わかりました」

 

 走って持ってこられた映像に本多は見入る。

「なるほどな。……よし、お前らは今日は解散。これ以降、今日は誰もスタジオに入ってくるな」

「しかし! あの状態の賀來村を……」

「どうにもできんから、お前らも放っておいたんだろ? ならいるだけ邪魔」

 ぞんざいに手を振り、さっさと出て行けと無言で命令を下す。

「あい! お前はもう一度リーダーとしての仕事を思い出せ。他のメンバーもスカウト組だオーディション組だ、つぼみだなんだと勝手に壁作ってないで、もっとお互いを知る努力をしろ、仲間だろう? あと大人たちは後日ミーティングに全員参加するように。解散」

「……」

「か・い・さ・ん」

 本多の言葉にうつむいていた全員が、本多の宣言に渋々と言った表情でしたがう。


「……さてと」

 未だに踊っている美祢以外いなくなったダンススタジオで、本多は丁寧にストレッチを始める。

 視線は美祢に固定し、60を超えた年老いた肉体を丁寧にほぐしていく。

 本多の頭の中には、美祢が踊っているダンスの振り付けが眠っている。それをゆっくりと掘り起こし自分が何を表現したかなど楽曲にまつわる事柄も同時に掘り起こす。

「……よし、いっちょやるかね」

 ゆっくりとした足取りで、美祢の隣に立ち二拍おいてから美祢と同じダンスを踊る。

 今の美祢のダンスは確かに恐ろしく正確だ。

 本多が細かいミスを連発する間も、美祢は鏡に映る自分の次の動きを見ている。

 何フレーズか踊っているうちに、美祢は自分と鏡に映る自分の差異が大きくなっていることに気が付く。

 目立ったミスはない。しかし、視界の端に映る本多のダンスに目を奪われる回数が、次第に増えていく。

 美祢よりもミスもあるダンスだが、観客がいれば間違いなく本多のダンスが観客の目を奪うだろう。

 そこまで極端な差が出るものだろうか? 美祢はいつの間にか動きを止め、肩で息をしながら本多のダンスに目を奪われていた。

「どうした? もう踊らないのか?」

 そう声をかけられ、再びダンスに戻ろうとした美祢は自分の体の異変に気が付いた。

 手足が異常なほど重い。まるで重りを付けられたかのような手足では、本多の隣でダンスを踊ることはできない。

 震える膝を抑えながら、美祢は悔しさを隠すことができなかった。


「賀來村美祢。お前はアイドルでいたいのか? 競技者になりたいのか、どっちだ?」

 ダンスを止めた本多は、美祢を見下ろしながら訊ねる。

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