四十一話
主の下げられた頭を見て、佐藤は疑惑をもつ。
きっと、はなみずき25のメンバーの誰かに@滴主水は恋をしているのかもしれない。
もしそれが今は恋じゃなくとも、その可能性を十分に秘めた想いがそこにあるはずだと。
恋と恋愛は厳密には十分違う。恋は一方通行でしかなく、その中でどんな自分勝手な想いでも自分の中に押し留めているなら許される。
しかし、恋愛はコミュニケーションだ。相互関係の中でしか成立せず、一方的な想いをそのまま表現してはそれは恋愛とは呼べない。
@滴主水に必要なもの、経験は、恋ではなく恋愛というコミュニケーションの技術を創作に落とし込む技術だ。
それには何度も作品を書くしかない。しかも商業用として耐えうるクオリティを確保しながらだ。
今の@滴主水の人気であれば、2作の猶予はあるだろうと編集者の経験則でわかる。
しかし、それでは遅い。その中でヒットする作品が生まれるという保証がないわけだから。
会社として売れない作家と作品に価値は無く、そこに掛ける時間も金もない。
だが、佐藤とて人間だ。
かかわった人間が不幸になるのを見ていて気持ちがいい訳ではない。
この不器用な男にも、できれば作品を通して幸せになってほしいと思っている。
だから、今のうちにできる提案はしておきたい。この男がこのままいなくなってしまうのはなんとなく惜しい気がしている。
そう思っては見ても、この男の、@滴主水の言い分もわかるのだ。
恋愛は相手がいて初めて始まるものだ。だからこそ、彼女、水城晴海に真摯に向き合いたい。
その上で、今の@滴主水の中に彼女の居場所がないのだ。それを無視して彼女を自分の周囲に押し留めるという罪悪感。それが耐えられないのだろう。
作品と今までのコミュニケーションで、@滴主水がその罪悪感を無視できるとは思ってはいなかった。
それでもこの男とその作品の延命ができるのであれば、どんな下衆にも劣る提案ですらしようと思い、水城をけし掛けてみたが。
「それじゃ仕方がないですね。せめて上手く自分がフラれる方法を考えておいてください」
「それは……難しいですね」
「難しいです」
男二人が部屋に戻ると、少女が一人。大きな体を居心地悪そうに小さくしながらモソモソとクッキーを口に運んでいる。
その姿を見てしまうと、男二人はどうしても思ってしまうのだ。申し訳がないと。
アイドルとは言え知り合いのいないこの場所に、放り出されることへの苦痛は変わらないのだから。
しかも、今から好意を寄せている男にふられるのだから。
覚悟を決めたはずの主でさえ、もう別の意味で逃げたくなっている。何も今この場所ではなくていいだろうと思い始めていた。
「あ! 先生~! 遅いですよ」
「あ、ああ、ごめんなさい」
「もう! 女のコ無視してお仕事の話とかぁ。なんか寂しい」
そう見れば見るほどかわいいのだ、この女の子は。まるで主に合わせたような、設えられたようなその表情の変化は、見れば見るほど愛くるしい。だから、こんなオッサンに時間をかけていることが申し訳ない。
「水城さん。お話があります」
「……はい」
主の表情から何の話なのか察したのだろう。その表情が一気に曇っていくのが流石の主でも分かる。
「水城さんの気持ちはうれしかったんです。これは本当にうれしい。でも、僕のほうが年上である事実は変わらなかったし、色々言い訳が浮かんできちゃうんですよ。そしてもし、君と付き合ったとしても僕から負い目が消えることはないと思う。だから、君に応えることはできない」
「……」
水城はただジッと主の目を見ながら、主の言葉を聞いている。そこには涙の一滴すら無い。
「多分、これから誰かを好きになることがあるとしたら、そんな言い訳を忘れさせてくれる人と一緒にいたい。それが僕の本心です。だから、もうこれ以上僕に時間を使うのはやめて欲しい」
主はゆっくりと頭を下げる。
なんともみっともない姿であることは、予想できていた。経験がないから上手くふるなんて神業を繰り出すこともできない。そう、主には願い、請うしかないのだ。
「先生……だったら、私が先生の言い訳を全部なくせる女になればいいってことですよね!?」
「え?」
「先生、ダメですよ。ふるときに優しさを見せちゃ。あのね、先生。私は諦めが悪いんですから! 伊達にこの身長でアイドルやってないですよ。……だけど、仕事場に押し掛けたりしたのはごめんなさい。今度はもっと違う方法で先生を振り向かせますから! 覚悟しておいてくださいね」
水城はウィンク一つ残し、颯爽と編集部を去っていく。
「佐藤さん、女の子って凄いですね」
「先生、とりあえず取材になりそうですね。これからも」




