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蛇足回

  はなみずき25の15周年を記念したライブが終わり、楽屋に向かう通路が少しだけ騒がしい。

 とある男女、いや、小さな子供を抱えている姿から夫婦だとわかる。

 何やら母親は困惑しているが、父親は娘を抱きながら母親の手を引いて嬉々としている。

「ちょっと! やっぱり、行かない!! って言うか行けないよ!!」

「何を今さら。いいじゃないの、引退したのにまだ憧れだって言ってくれてるんだよ?」

「……主さんは、そういうけどさ!」

「美花もアイドルさんたちに会いたいよなぁ~?」

「うん!!」

「ほら、娘がこう言ってるんだから。ね?」

 控室に向かう廊下で、何やら見たことのある親子の姿を見つける神山光希。

 だが、それ以上に大切な人との約束がその親子から注意を外してしまう。

 光希はにぎやかな声を聞きながら、自分も少しだけ浮かれているのを自覚してしまう。

 久しぶりに顔を見ることのできるあの人は、いったいどんな顔を自分に向けてくれるのだろうかと。


「みんな! お疲れ様ぁ!! ビックゲスト! 連れてきたよ!」

 いつもよりにテンションの高い作詞家の四代目主水之介の姿にはなみずき25のメンバーは、珍しい光景を見たと目を丸くする。

 このテンションの原因は、彼の抱いている子供なんだろうと何となくメンバーは察した。

 普段は写真も見せてくれない家族まで連れてきているではないか。

 子供を抱いている四代目主水之介の背中に隠れるように、チラチラと部屋の中をうかがう奥さんらしき姿。

 事情を知っているであろうスタッフも、先輩の矢作智里や三期生の誰もその人に言及もしない、本当に存在するのかさえ疑われていた四代目主水之介の家族が楽屋あいさつに来たことに、メンバーは色めきだっている。

 

 そんな四期生や五期生とも違う反応をする、いや、反応することさえ自粛している空間が楽屋にはあった。

 新しいメンバーの六期生達は、部屋の隅でまとまって小さくなっている。まだ遠慮もあるのか、先輩メンバーたちも少し距離感を周囲に見せつけてしまう。

 その姿に懐かしさを感じてしまう、佐川美祢。自分の時はどうだったろうかと、思い出す。

 そして、どこか恥ずかしさを覚えてしまうのだ。

 結成当初の一期生たちとの初対面。

 自分よりも可愛らしさで優っている集団の中に放り込まれたあの緊張と言ったら、初めてのステージ以上に緊張していたのを思い出す。

 そして、はなみずき25つぼみ。後のかすみそう25の一期生メンバーと顔合わせした当時も、自分から後輩に打ち解けようとすることはできなかった。

 何より、自分の最後の後輩。三期生には、自分の素をさらけ出すことさえしなかった。

 先輩として典型的な落第生であった過去を思い出すと、騒いでいるメンバーをよそに後輩をチラチラと気にしているメンバーがいることに感心してしまう。


 やっぱり、来るべきじゃなかっただろうか?

 美祢の後悔をよそに、若いメンバーが主の抱いている我が子に群がっている。

 抱っこさせてほしいとせがまれている主の姿。それも何となく懐かしい光景だ。

 昔からこの人の周りには、アイドルが多かった。

「ええ~わかった、わかったから。絶対! 絶対にケガさせないでね!? っ痛っ……何か問題ありましたかね? 美祢さんや」

「知りません」

 仕事上の付き合いだとわかってはいるが。……自らの関係性を考えると、少し面白くない美祢がいる。

 

 直接面識のない後輩たちが、自分と主のことをそれとなく聞いて来る。

 出会いは? 家での先生ってどんな感じなんですか? なんて呼び合ってるんですか? 先生が甘えることってあるんですか? 等々。現役の時を思い出す光景が広がっている。

 そうだった。自分たちも立木や他のスタッフから恋バナをむしり取るのに、こうして質問攻めにしたんだったと。言葉を濁してしまう自分はきっと、被害者たちにはズルく映ることだろうと苦笑いが止まらない。

「先生が奥さん連れてきてるって聞いたんだけど!?」

 どこから聞きつけたのか、遅れて登場したのは面識のある後輩たち。

「あ、星。久し振り」

「美祢さん!!!」

 もう十分大人になったはずの自称『美祢の妹』は、あの頃と変わらず美祢の胸へと飛び込んでくる。

「寂しかったぁ~!!」

「もう。……だったら家に来ればいいのに」

「だって……公佳さんがいたり、玲がいたりしてさ……二人きりになれないんだもん」

「仲よくすればいいのに」

 先輩の、しかも先ほど新リーダーに任命されたばかりの、いつもは頼りがいのある先輩である志藤星の普段メンバーに見せない甘えた姿。

 それを見て、四・五期生たちも六期生たちも全員の視線が美祢に集まる。

「こら、星。みーさんの服に汗ついちゃうでしょ」

「あっ! ご、ごめんなさい」

「気にしなくっていいよ。……智里も13年間お疲れ様」

「あ、ありがとう……ございました」

「うん、頑張った。本当に頑張った。……これで、つぼみのみんなも全員アイドルじゃなくなっちゃったね」

「……はい。もう後輩じゃ……なくなりました」

「これからは、友達としてよろしくね」

「……はい、っはい!」


 先ほどまでステージに立っていた尊敬する先輩の、かつてのリーダーの泣く姿に楽屋は誰も一言もしゃべろうとはしない。

 智里の『後輩じゃなくなった』という、謎の言葉が気になるメンバーは多いが誰もこの空気を壊すことができないでいた。

 しかし、そんなこと幼子の美花には関係なかった。

「パパ? こうはい?」

「ああ、美花に言ってもわかるかなぁ? ママもね、昔アイドルだったんだよ」

 子供に甘い父親は、それまでそれとなく隠してきた事実をサラッと公表してしまう。

「そうだよ、美花ちゃん。賀來村美祢って言えば、伝説のアイドルなんだから!」

 そして自称叔母さんの志藤星も、美祢のことを我が事のように誇りながら事実を周知してしまう。


「……」

「……えええええぇぇぇ~~~~~!!!!!????」

 楽屋の主たちは、揃って驚きの声を上げる。

 もうそこに、四期生も五期生も、六期生も関係なかった。

 親子を取り囲むように、若いアイドルたちが群がる。先輩メンバーの、これからリーダーとして世話になる星を押しのけながら、美祢があの賀來村美祢なのかと何度も問いただす。

 子どもを掲げて避難させながら、何とか聞き取れた質問にしどろもどろに答えだす佐川主。

 そんな光景を見て、楽屋の外からOGメンバーは笑顔を向ける。

「まったく、あの先生の周りはいつも騒がしいね」

「仕方ないよ。先生と美祢だもん」

「だね」

 一期生OGメンバーの宿木ももは、とあるメンバーがいないことに気が付く。

「あれ? 立木さん。あの娘は?」

「ああ、神山か。マネージャー連れて病院行ってる」

「え!? 怪我?」

「いや、ファン……いや、初恋の人に会いに行ってる」

「うわぁ。……あの娘泣くかもなぁ。……星! 星!!」

「なんですか、ももセン?」

「光希泣くかもだから、ガンバレ」

「えっ!? あ、あぁ~~……」

 楽屋の光景を見て、後日さっそく初仕事があるんだと頭を悩ませる星だった。


「ちょ、ちょっと! せめて美花だけ! 娘だけは避難させてってば!!」

「主さん! こっち!」

 美祢の見つけた隙間から、夫婦そろって走り出した主たち。

 肩を並べて走るのは、いつ以来だろうかと主が頭に浮かべる。

「なんか、懐かしいね! 主さん!」

「……そうだね」

 あの頃のように、たぶん、これからも。

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