最終話
伝説の一幕より、5年がたったある日。
「見てこれ! 若くない!?」
「うわぁ! ホント若いなぁ。いつの?」
美祢と花菜がテーブルに広げられた写真や、タブレットに写る自分達を肴に談笑している。
「たぶん、美祢が泣いてるから、大分初期じゃない?」
「え~! 泣いてないよ~」
「これは完全に泣いてる」
「でも、懐かしいねぇ。もう、5年かぁ」
美祢は隣で寝ている子供の頭を優しく撫でる。
さっきまで起きていたのに、飽きて寝てしまったのだろう。
「本当にあっという間だよね。幾つになったんだけ?」
「3歳。花菜はしょっちゅう来るのに、なんで懐かないんだろ? 公ちゃんにはすっごく懐いてるんだよ?」
「なんか悔しいなぁ。子役の子なら直ぐに懐いてくれるんだけどなぁ」
花菜もアイドルを引退し、女優となり3年の月日が経つ。かつての絶対的暴君エースも今では現場でいいお姉さんをしているようだ。
「しかし、花菜が女優さんになるなんてなぁ」
「人生わからないことばっかりだよね」
「だねぇ」
二人は顔を見合い、笑い合う。
「美祢ぇ? ごめん、またお願いしたいことが……あ、花菜ちゃん。来てたんだ」
一枚の紙に目を落としたまま、主が二人の空間に紛れ込む。
顔を上げた主は、直ぐに花菜に気が付き驚きながらもゆっくりと近寄る。
「先生。久しぶり。私が来るとき毎回缶詰だって言うから避けられてるのかと思った」
「そんなことないよ。たまたまね。でも本当に久しぶりだね。……卒コン以来?」
主の言葉に美祢が責めるような視線を向ける。
「違うって。美花が生まれた時にお祝い貰ったでしょ」
「あっ! そうだった。……ごめん」
主を怒る美祢を見て、花菜が吹き出す。
この二人の夫婦らしい場面は、久しぶりだと腹を抱えている。
「もう! で、主さん。なにか用?」
「ああ、仮歌おねがいしようかと思ったんだけど、あとでいいや。花菜ちゃん来てるし」
「あっ! はなみずき25の新曲? 聴きたい!」
花菜がとたんにはしゃぎ出し、紙を寄越せと催促し始める。
主は照れるように、紙を花菜に渡す。
「推しとはいえ、部外者に未発表曲みせるのはなぁ……」
「いいじゃん、いいじゃん。立木さんとかには黙っとくからさ」
花菜は、早くと主からもぎ取るように紙を受け取ると、まるで自分が歌うかのように歌詞に食い付く。
「添削は終わったの?」
「うん、やっとね。15周年のライブには間に合いそうだよ」
不安そうな表情を主に向けた美祢が、主の言葉を聞いて頷きながら花菜の手元を覗く。
その視線はどこか懐かしそうなものを見ている。
「そっか、もう15周年なんだ」
「あ、智里ちゃんが見に来てくれないかって」
「行く。行きたい!」
「他のOGメンバーも来るらしいから、きっと喜ぶよ。ね? 花菜ちゃんも行くって言ったんだよね?」
主が花菜に話を振るが、花菜には聞こえていないらしい。
ただ歌詞に集中している。
そうかと思えば歌詞を凝視していた花菜が、顔をあげて主に訴える。
「先生! これ、歌っていい?」
「後輩の歌とらないであげて」
「仮歌でいいから!」
どんな形でもいい、この歌の製作に関わらせて欲しいと。
「今注目の女優さんに仮歌やらせるなんて……」
「私がやりたいって言ってるんだから、大丈夫!」
「花菜、なんかアイドルに戻ったみたい。フフ」
主にわがままを言う花菜を見て、懐かしそうに美祢が笑いだす。
「う~ん、事務所さんにちゃんと言っといてね。闇とか言われたら嫌だし」
「わかった、言っておくね。あとで」
「事後承諾なんだ。……あ、美花どうしよう」
美祢が寝ている娘を見ながら、大丈夫かと視線を向ける。
「ああ、僕が見ておくよ」
主は起こさないように、そっと我が子を抱き締める。
「いいの?」
「ちょっとだけでも抱っこしておかないと、親だって忘れられそうだし」
「昔は缶詰しない作家だったのに、今じゃ缶詰作家で有名だからね」
「本業じゃ今もしてないよ! ……作詞は苦手なんだよ」
「ちょっと、声。そんな大きな声出したら……もう」
「ご、ごめん」
主はまだ寝ている娘の顔を見て、ホッとしながらも美祢に頭を下げる。
花菜はこの二人の夫婦らしい会話が、本当に楽しいと笑ってる。
「じゃあ、軽くでいいからね」
主は自宅の録音ブースの外から、中の二人に声をかける。
「歌うの久し振りだなぁ」
花菜は、久しぶりの録音ブースに少し緊張した様子を見せる。
「私は、毎回歌わされてる」
「えっ!? 毎回?」
「うん、花菜の卒業センターもここで録ったよ」
「うっそ、気が付かなかった」
「えへへ、もうアイドルじゃないからね。ギャラもランチ代とかだし」
「なにそれ、安すぎじゃない?」
驚く花菜に、美祢は笑いながらも一度同じ言葉を繰り返す。
「もうアイドルじゃないんだって。なにせ、お財布が一緒だし」
「二人とも、もういいかな?」
ブース内にいる二人に主から催促がかかる。
「あ、先生?」
「なに?」
「この歌のタイトル聞いてない」
主はそうだったと少し考えてながら、手の中にいる娘を見て笑みを浮かべながら答える。
「タイトルはね、『隣にいる希望』かな」
「いいね。あ、美祢。ちょと本気で歌ってみようか」
「もう、やっぱりこうなる。……少しだけだよ?」
ブースの中から準備が整ったと合図をもらった主は、音源を流し始める。
やわらかな旋律のバラード。
その音に、二人の歌声が溶け合いながら踊りだす。
それは、親子であったり、夫婦であったり、友人、恋人。はたまたアイドルとファンでもありファンとアイドルでもある。もしかしたら電車の中、たまたま隣に座った名も知らない誰か。
君がいるそのすぐ隣、そこにいる誰かが君の希望の人かもしれない。
逆に君が誰かの希望かもしれない。
だから、そう君はただ生きているだけで、ただそれだけで誰かに助けられ、誰かを助けているんだよ。
そう語り掛けるだけの歌だった。
何もない人生だと嘆いていた、あの頃の自分への主なりの返答なのかもしれない。
人生とはただ生きてるだけで、それだけで意味があるんだと。
生きてさえいれば、一歩を踏み出せることができる。
一歩を踏み出せば、何かが起きるかもしれない。
だから、どうか……。
そう願う為の歌。
主の腕の中にいた主の希望が、歌声で目を覚ます。
「ぅん、……パパぁ?」
「なんだ美花、起きちゃったか」
「……おうた、きれい」
美花の眼には黄金に輝いた歌声が、降り注いでいた。
「きれいだろ? パパの一番のアイドルたちが歌ってるからね」
「あいどる? ……パパ、あいどる好き?」
「ああ、大好きだよ。美花もね」
「みーちゃん、あいどるになる!」
娘の言葉に主は破顔し、その頬を娘の頬に寄せる。
「そうかそうか、美花はアイドルになるのか」
『伝説』の歌声は、今日もどこかで誰かを夢の旅路へと誘うのだった。




