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四百二話

「じゃあ、最初は演技対決でーす!!!」

「演技って……私は……」

 数々の仕事をこなしてきた美祢。そのどれも一定の評価を受けていた。

 だが、本人的にはどうしても苦手な分野があると自覚していた。

 それが、演技の仕事だ。

 ドラマや映画、CMなどで演技はやってきたが、どうにも苦手意識が抜けず断っていた仕事もある。

 それが舞台の仕事。本職の役者と肩を並べて、長期間同じ芝居をするということがどうしてもできなかった。

 もちろん、ほかのメンバーは舞台仕事もやってはいるが……。

 どうにもならなかった。その意識が抜けなかった仕事の一つだ。

「苦手なんだろ? 知ってる知ってる! だから」

「私の負ける姿を見せたいってことですか?」

「その通り!! では……美祢へのお題は……」

 得意げな山賀の表情を睨む美祢。


「愛の告白を受けての一言になります!!!」

「うわぁ……アイドル番組の王道じゃないですか」

 お題を聞いた美祢は、辟易とした顔を隠さない。

 この手の演技から一言でオトす即興芝居は、アイドル番組の王道中の王道。

 さんざんやらされてきた仕事。

 そんなもの、本格的な演技に比べれば。

 そんな心理から、美祢は少々気が大きくなってしまう。

「自信ない?」

「はぁ……何年アイドルやってたと思ってるんです? これでもはなみずき25の釣り師って呼ばれてるんですからね!!」

 山賀の煽るような表情に乗せられて、戴いたことのない称号を口にしてしまう。

 アイドルの釣り師とは、ファンをガチ恋勢に堕とすような発言、態度でファンを盛り上げるメンバーのことを言う。

 その効力を発揮するのは、おもに握手会などの接触イベント。

 この売り上げを確保するためにも、今の時代のアイドルには必須の技術となっている。

 しかし、その美祢の発言を聞いたかすみそう25の一期生の面々は、悲しそうな表情をしながら美祢に様々な言葉を浴びせる。

「ママ……無理しないで?」

「っぐ!」

 公佳のそんなことなかったでしょ、ママ? というフォロー。

「みねさん……新人もいるんだから、嘘はダメ」

「美祢さんの場合は、釣ろうとして恥ずかしがってるのが良いって言われてたよね」

 そして橋爪有理香の直球の注意。最後は荻久保佐奈のかすみそう25時代の握手会でのエピソードと言うコンボを決められた。

「ちょっと! バラさないで!」

 そう、完全無欠のアイドルのように見えていた美祢にも苦手なものはあった。

 それを二期生や三期生は、興味深そうに聞いていたのだった。


「ははぁぁん。これはもう負け確かな?」

「~~~~!!! 負けませんよ!」

 山賀が再び煽るようなことを言ってくる。

 そんなことは無いと、奮起する美祢に全く聞いていない出来事が降りかかる。

 そう、だってこの場は、ドッキリ企画の真っ最中なのだから。

「じゃあ、美祢の意気込みが聞けたところで。お相手の方に登場してもらいましょう!! この方です!!!」

「へっ!?」

 相手役の呼び込み。

 美祢の予想では、男装したかすみそう25のメンバーが相手役だと考えていた。

 しかし、この場にかすみそう25のメンバー全員がそろっている。


 現れた男性。

 かっちりとしたスーツに身を包んだ、見覚えのある男性が美祢に向かってくる。

「パパぁ~!! がんばって!!」

「??? えっ!? なんで先生が……ちょっとまさか!!!」

 公佳の声援に応えるように、小さく手を挙げながら美祢の前まで迷いなく主がやってくる。

「美祢ちゃん」

「は、はい!!」

 久しぶりに聞いた主の声。

 そして、ほぼ5年ぶりに呼ばれた自分の名前に、美祢は思わず声を上ずらせてしまう。

 そして、その主の真剣な表情。

 まさかと思いたい。

 だってこの場には、彼の妹二人も見ているのだ。

 そんな訳はない。 

 だけど、そんなことを気にしない様子の主がいる。


「僕はね、ようやく本気で一番星を捕まえる決心が出来たよ」

「えっ?」

 一番星。

 その言葉に、懐かしい思い出が呼び起こされる。

 主がここにいるきっかけの言葉。そして、美祢がこうしているきっかけになった言葉でもある。

「先ずは、卒業……おめでとう」

「あ、ありがとうございます」

 主に差し出された、大きな花束。

 美祢のサイリウムカラーのライトイエローのバラと、それを取り囲むようなカスミソウ。

 この花束に、いったいどんな意味が……?

 わからないけど、たぶん、何かの意味がある……はず。

 美祢は困惑しながら、その花束を受け取ろうと手を伸ばす。

 受け取った直後、美祢の身体は主に引き寄せられる。

「きゃっ!」

 予期していなかった主の行動に、美祢は体を預けるしかなかった。 

 そして、納まった主の胸の中。

 色めきだったメンバーの悲鳴のような歓声が聞こえる。

 だが、それは物凄く遠く聞こえる。


「大好きだよ。美祢ちゃん……どんな手を使っても君を捕まえたかった」

「あ……」

 美祢を抱きしめる主の腕に、力がこもる。

 もう、離したくないと全身で言っているかのようだ。

「これを言う為にだいぶ遠回りしたけど、ようやく言えた」

「……せ、先生」

 主の言葉。それを聞くために、5年もの歳月が経過していた。

 あの時、聞きたかった言葉。そして、昨日の告白の答えが、ようやく聞くことができた。

 主の胸の中で、あの懐かしいぬくもりを感じながら。


 主は美祢を放して、ひざまずく。

 顔を上げて、美祢の眼をしっかりと見ながら、大事な言葉を口にする。

「君がいてくれたら何もいらない。だから……受け取ってほしい」

「っ!!! ……せ、先生……これって」

 主が胸ポケットから出した箱。その中に輝く物が見える。

 気が早いとも想いながらも、自分のことをそこまで考えてくれていたのかと胸が熱くなる。

「美祢ちゃん、君が僕のモノになってくれるなら……僕の人生も全部君に上げられる。だからずっと僕のそばにいてくれないかな?」

 昨日の自分の言葉の返信。

 うれしいとともに、少しの心配もある。

「わ、私でいいんですか?」

 美祢の本来の自信のなさが、ついつい口から漏れてしまう。

「美祢ちゃんがいい」

 一切目を逸らさず答える主に、美祢の感情は暴走し始める。


「めんどくさいですよ? 私……」

「背中で知ってる」

「泣き虫だし……」

「今度からは僕に拭わせて」

「意地っ張りだし」

「でも、そこがかわいいって思ってる」

「もう、……アイドルじゃないし」

「ずっと……女の子として君が好きだった」

「嫉妬深いですよ!」

「……嬉しいけど?」


「5年間、花菜に付きっ切りで寂しかったんですけど!!」

 主の受け答えに、美祢の感情はとうとう爆発してしまう。

 そう、自分の夢のために頑張ってくれていたのは知っている。

 それでも一切構ってくれなかったのは、寂しかったのだ。

 あれだけはっきりと好きだと言ったのに! あの当時はアイドルを辞める覚悟で告白したのに!

 この5年と言う月日の中でも、例え花菜の相手の隙間でも、もっと主との思い出も欲しかった。

 少しぐらいは自分への好意をわかりやすく向けて欲しかった。

 それなのに……。

 美祢は主の目を睨むことができない。

 美祢の視界には、主の真剣な表情が映ってしまったのだから。

「これからは、ずっと一緒にいよう」

 柔らかく笑う主。思い出にあるどの時よりも、主の表情に惹かれる自分を意識してしまう。

「私のほうがっ! ……ずっと先に好きでしたよ」

 まだ、言いたいことはあると美祢は必死に声を張る。

 そう、自分のほうが意識しだしたのは先のはずだ。

 それなのに、子ども扱いされていた時間もある。

 それで傷ついたことだってあった!!

「それはゴメン。だからこの後は、君が嫌いになってもずっと好きでいる」

 非難する美祢の言葉にも主は優しく微笑んでいる。

 もう! そんなことない。

 なんで、この人は自分をわかってくれないんだ。

 5年も放置されても、好きだったのに!


「なりませんよ!! あっ……」

 再び、美祢が主の胸の中に引き寄せられる。

「美祢ちゃん、大好きだよ」

 ……先生は、ズルい。

 アイドルでもないのに、自分も魔法を使うんだから。

「美祢って、……呼んでください」

 先生から、美祢ちゃんと呼ばれるのは嫌いじゃない。

 でも、特別な関係になるなら特別な呼び方をされてみたい。

 そんな少女の願望を美祢は口にする。

「……美祢、好きだよ」

「大が無くなってる」

「美祢、大好きだよ」

 美祢のわがままを全部受け止めてくれた主。

 たぶん、この先もこんな言い合いもあるかもしれない。

 でも、この人の言葉をちょっとは信用しても良いかもしれない。

 だってこの人は、……大事な約束を守ってくれた人なんだから。

「私を……あなたのここに……いさせてください」

 ようやく、美祢が主を受け入れる。

 その光景を、後輩もMC陣も、カメラさえも見守っていることを忘れて。

 

 こうして前代未聞な現役(?)アイドルへの公開プロポーズドッキリ企画は成功となり、翌週の放送時間にも間に合い無事放送された。

 そして覚悟していたとはいえ、賀來村美祢の熱愛を目の当たりにしてSNSでは美祢推したちからの祝福や怨嗟の声で、とあるアカウントが炎上したのは言うまでもない。

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