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四百一話

 美祢の卒業コンサートも終わり、美祢の芸能人生も終幕を迎えたと思いきや、何故かいつもの冠番組を収録しているスタジオに連れてこられていた。

「え? あの……木の下での収録ってこの前最後のやつ撮りましたよね? 最後の仕事って何ですか?」

 美祢のマネジメント契約が、今日までになっているのを卒コンの予備日と言われていた美祢。

 その本来はいるはずのない日に、スケジュールが抑えられているというのはどういうことかと、先ほどからマネージャーに問い詰めているが、一向に口を割る気配がない。

「まあまあ、美祢ッチ。行けばわかることだからさ」

 何度聞いてもこれしか返ってこなかった。元々ノリの軽いマネージャーではあったが、ここまでだと残していく後輩たちが心配だ。


 楽屋に着くと置いてある台本に飛びつく美祢。余程今の状況が不安だったのだろう。

「え? ……この番組なの? これってさ」

「そう! かすみそうちゃん達の番組『かすみそうの花束を』です!」

「いや、いやいやいや。私かすみそう25卒業したじゃん。何年前? 6年前だよ?」

 チッチッチッと指を振るマネージャー。その芝居臭さに少しだけ美祢はイラっとする。

「美祢ッチ! かすみそう25を離れるときの名目! お忘れですかい」

「え? だから、卒業でしょ?」

「違うんだなぁ~! じゃあ、この方たちにご説明いただきましょう!!」

 そうマネージャーが言葉を発すると、楽屋の扉が勢いよく開く。

 そして、そこに飛び込んできたのは誰であろう、アリクイと糸ようじの二人。山賀と坂本だ。

「賀來村ちゃん! 久しぶり!」

「山賀さん! 坂本さん! え!? ……え!?」

 かすみそう25の番組MCであるこの二人がいるのは不思議ではない。だが、わざわざ自分のような終わったアイドルの楽屋になぜ来るのか。その疑問は二人の後ろを見れば明らかだった。

 カメラとマイクが、楽屋に入ってくれば嫌でも分かる。

 そう、ドッキリだ。

「え~! やられた~。本当にこの番組最悪だ~!」

 椅子の背もたれに寄りかかり、天井を見上げてうなだれる姿はもはやアイドルの姿ではないが、仕掛け人たちは大喜びだった。

「おいおい! 番組批判するなよ」

「その前にせめて脚は閉じなさい! はしたない!」

 6年前番組を離れる前と変わらぬ態度の二人。それ自体は懐かしく、うれしいと美祢も思ってはいる。

 思ってはいるのだが。

「ドッキリNG出してたのに~! 最後の最後で~!!」

「おいおい、アイドルのドッキリNGなんて通るわけないだろ!」

「そうだよ~。だから可愛くリアクションしなさい。オッサンじゃないんだから」

 身体の力を抜いて、机に突っ伏してから勢いよく起きて、何とかアイドルのスイッチを入れる美祢。

「で、なんでお二人なんですか?」

「よく聞いてくれました!」

「実はですね! 賀來村さん! あなた、かすみそう25の卒業してないじゃないですか!?」


 美祢は坂本の言葉に即座に反応する。

「だから! してますってば!」

「ところが、……してなかったんです!」

「……ふぇ?」

 美祢がかすみそう25を離れる名目。それは卒業じゃなく無期限の活動休止であった。

 そこには、脱退や離脱という意味合いは無く活動はしていないが、かすみそう25に所属している状態が継続していたのだ。

「と、言うことで! これから、かすみそう25初代リーダー! 賀來村美祢のかすみそう25卒業式をはじめます!」

「ほら! みんな、初代リーダーをスタジオまで連れて行って!!」

「はーい!!」

 複数人の返事が聞こえたかと思うと、三代目リーダー野崎恵美里を筆頭にかすみそう25の1期、2期のメンバーが美祢の楽屋に押し寄せる。

「ヒナちゃん! え? 公ちゃん、久し振り~じゃなくって! ちょ、ちょっと待ってってば!」

「美祢さん! 私たちは待たないから諦めて!」

「ママ! 私たちに何も言わず引退とか、そんなのやっぱりいや!」

「ママはやめたんじゃないの!?」

「今日はママでいいんです!」

 まるで6年前のあの頃を思い出すメンバーの言葉。あの日からの空白を埋めるようにメンバーは美祢への言葉を口にする。そこには涙など無く底抜けに明るく、まさに『無邪気』そのものだった。

「もぉ~!! 昨日の感動が台無しだよう~!!」

 ただし美祢は昨日のライブで引退するつもりだったので、最後の最後でこんな目にあい嘆きが止まらない。が、その目はどこか嬉しそうに輝いていた。


「はい、到着~! じゃあタイトルコールお願いします!」

「は~い! 祝! 賀來村美祢卒業記念!! かすみそう25、アイドルNo.1……決定~せ~ん!!」

 美祢のかすみそう25卒業企画は、アイドルの総合力を競おうというものだ。昨今のアイドルは芸能界の総合職。そのトップを走り終えた美祢に後輩たちが挑もうと言うのだ。謂わばアイドル界の下剋上を今日この場で果たそうと言うのだ。……もちろんそんなのはウソである。


 元アイドルで、昨日卒業コンサートの場で、ファンを目の前にして公開告白をした美祢。当然ファンとしてはその恋の物語、いや、自身の失恋物語として、結果を知りたいファンは少なくないだろう。

 だからこその二段構えのドッキリだ。

 加えて美祢の望みは、アイドルとしての自分を忘れて、新しい推しを推してくれというものだ。

 だが、美しいままの別れは、美しい思い出では、それに満足して動こうとしない者もいるかもしれない。

 あの場で言わなくとも良い、アイドルの、自身の恋愛を話し、少しでも余韻を残さないためにわざわざ美祢自身が付けた傷だ。


 ならば、番組を挙げてでも初代リーダーに、いや、かすみそう25の始まりのメンバーに報いようではないか! と、スタッフ・出演者総出のとんでもないお節介が、本来の今日の企画だ。

 急きょ企画された割に、なかなか息の合っているメンバーとMC陣。そしてスタッフたち。

 何が何でも企画として成立させるという、妙な意気込みが感じられる。

 なぜなら、絶対にミスできないのだ。

 その原因、美祢のお相手となる男性がセットの影に隠れている。

 そう、@滴主水こと佐川主その人だ。

 カッチリとしたスーツ、手には美祢のサイリウムカラーの黄色のバラが24本。

 バラを24本は、『ずっとあなたと一緒にいたい』だ。……ただし、黄色のバラ自体に恋愛にまつわる良くない花言葉が多いので、要注意な花ではあるのだが。


 そして、間を埋めるように敷き詰められたカスミソウ。もはやバラがメインなのかカスミソウがメインなのかわからない程。主はその日に入荷したカスミソウを買い占めるという迷惑行為も行っていた。

 もう一つ。主はスーツの胸を触り内ポケットに入っているものを確認する。

「よし!」

 主は小さくも力強く呟き、自分の呼び込みを待つ。

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