四話
「なんじゃこりゃ?」
部屋に戻った主が異変に気がついたのは、最初はスマホだった。無数のSNSからの通知がこんなに表示されるのかといった長さで延々と表示されている。
慌ててSNSを開けば、水曜日に投稿したと宣伝したものに数万の返信が届いている。
そのなかには好意的なものだけでなく、やけに攻撃的なものも含まれている。
謂わば炎上していたのだ。しかも現在進行形で。
少し目を離しただけて、カウンターが数百単位で増えていく様は主にとってはじめて味わう恐怖だ。あまりの恐怖に思考を停止してしまう。相手の発言など文字として認識出来ない。
「え? 何で?」
主には思い至る出来事がなかった。もちろん有るわけがないのだが、これまでのSNSでの投稿を必死に読み返す。
その間も通知が途切れることはない。面倒になった主はSNSの通知を切ってアプリを閉じる。
「訳がわからない」
顔面を少し青くして、主は買ってきたばかりのお茶のペットボトルを手にして一気にあおる。
よく冷えたお茶の最後の一滴が胃の腑へ落ちると、少しだけ落ち着いたような気分になる。
そうして主は手から離したばかりのスマホに手を伸ばしかける。
「いや、落ち着け。……小説の宣伝しかしてないよな……っまさか! ここてまで!?」
急いで眠っていたパソコンをたたき起こす。眠る前に表示していた小説投稿サイトのトップページ。
そこには主の目を疑う文字があった、自分の小説のタイトルがランキング1位の位置に書かれている。
落ち着き始めていた主の頭から、再び思考が逃げ出そうとしていた。主は辛うじて思考の逃亡を阻止して自分のアカウントページまでたどり着く。
表示されたメッセージがきていると言う文字。その数万のメッセージを主は、今まで生きていた人生で発揮したこともない勇気もって開くことにした。
いったい何が起きたのだろうか? 訳も分からず呆然とするが、時間とともにある感情が芽生える。
何かが起きたのだろうが、自分の小説が注目を集めている。それだけは事実なのだ。
それでも今まで誰の眼にも触れなかった、自分の小説が多くの人の眼に触れることになったのだ。
そんな幸運なことがあるだろうか?
恐る恐る膨れ上がった小説の感想も確認すると、そこには好意的な感想が数多く溢れていた。
「マジかよ……マジ……かよ。へへ」
小説の詳細ページに表示された評価ポイント。そこには主が未だかつて見たこともない数字があった。
7桁の数字。
主の眼に涙が溢れる。嬉しくてうれしくて仕方がないのに、頭の片隅で一体いつぶりの涙だろう等と自分を茶化す自分が生まれる。
「やった。認めて、もらえたんだ」
趣味とはいえ主の生涯においてこれほどの衝撃は無かった。もうこれ以上のことは無いだろう。
主は涙が落ち着くのを待って再びブラウザに向かう。
数あるメッセージに返信しようと改めてサイトに付属しているメールボックスに向かう。
「っ! う、運営から⁉」
先ほどより数倍の衝撃が主を襲った。
このサイトで運営からメールが来ることなど本来はないのだから。
そう、用件は一つしかない。運営からくるメールの内容は一つだけだ。
◇◇◇
その日主は勤め先に休みをもらい、とあるビルに来ていた。
自分の勤めるビルの数倍はあるだろうそのビルを見上げ、騙されてるんじゃないだろうかと未だに不安がこみ上げる。どうしたものか。
緊張のせいで待ち合わせの1時間も前に到着してしまい、これでこのビルを見上げるのは3回目だ。
有名な出版社の名前が掲げられたビルを見上げ、自分の左手に付けた時計に目線を移す。
どうにもおかしい。あんなにも早く感じていたはずだった時計の針の動きが、今は少しも進んでくれない。
光速に近づいていたはずの時間は、ここにきてまるで逆回りしているかのようだ。
異様なのどの渇きを覚え近くの喫茶店でもと探してみるがみつからない。
探しているうちに時計の針は待ち合わせの時間に近づいていた。主は思った。どうやら自分の周囲の時間はバグったのだと。
来た道を走って引き返し、4回目を行いビルへと入っていった。