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三百九十九話

 美祢の卒業コンサートは、まるでこれまでのはなみずき25の歴史を振り返るような、そんなセットリストだった。

 グループの表題曲、ライブで盛り上がる楽曲。

 これまでの美祢の歴史は、やはりはなみずき25と共にあったのだと思わせる構成だ。

 間に挟まるユニット曲。そのほとんどに美祢は登場している。

 二つのグループのステージを行き来していた頃に見せていた、早着替え。

 それを駆使して、美祢は可能な限りステージに立ち続けた。

 なるほど、これは確かに美祢のわがままじゃなければ、実現はしないだろう。

 これほど、ハードな演出。さすがの運営も許可するには、苦渋の決断を強いられだろう。

 しかし、ステージの美祢は笑顔を絶やさない。

 ライブが楽しいと、身体全体で表現している。

 そんな美祢を見て、やはりとファンは想うのだ。

 ドラマに出ている美祢も悪くはない。映画の美祢も綺麗だった。CMの度に見せてくれた美祢の笑顔も好きだ。モデルとして、ランウェイを歩く大人の表情に何度もドキッとさせられた。

 それでも、やはり。やはりライブの賀來村美祢が一番輝いている。

 あの、楽曲によって表情も空気も着替えたような賀來村美祢が、自分たちは大好きだったんだと。

 自分たちの方を向いた美祢に、大きな声をかける。

 何度も返してもらったレス。もう帰ってくることは無いんだと想えば、どれだけ声を張り上げても足りない。


 そしてライブの中盤。ファンからのコールが止まる瞬間が訪れた。

 美祢と花菜がお互いを中央で見つめ合う。『花散る頃』のイントロが流れ始める。

 美祢がはなみずき25の楽曲で、一番好きだと言っていた曲。

 美祢が誰よりも踊った楽曲。

 美祢が、花菜を待ち続けていた曲が始まる。

 激しいダンスの間に、お互いにアイコンタクトを取って笑い合いながら踊っている。

 本当に親しい人にしか見せないであろうその笑顔。

 音に混じり合い、二人の呼吸さえ一つになっていく。

 何度見ても、この楽曲だけは特別なんだとよくわかる。

 そして間奏のペアダンスで、とうとう花菜の涙腺は限界を迎えた。

 美祢のほうを見ながら、涙を流し、それでも踊るのを辞めようとしない姿は美祢と重なる。

 智里と踊り、引退を表明した美祢のようだった。

 あの時の美祢が、笑顔の美祢のとなりで踊っている。

 何とも不思議な、本当に不思議なことがこの楽曲ではよく起きる。

 一人きりの美祢のとなりで踊る花菜が見えたり、今日は美祢が二人いる。

 それほどまでに、美祢がこの楽曲を愛していたのがよくわかる。

 この『魔曲』と呼ばれた楽曲で、奇跡のような光景を見せてくれる二人のエース。

 いつしか、この楽曲を踊ることがエースの条件と呼ばれる日が来るかもしれない。

 だが、そんな遠い未来の話は今はどうでもよかった。

 今はこのよく似た、親友同士、エース同士の共演で心満たす方が大事だった。


 『花散る頃』が終わり、互いに体を寄せ合うエースが二人。

 そのまま、美祢は手を振りながら袖へとはけていく。

「え~っと。……ごめんなさい……。はい! 気を取り直して、美祢にはお色直しをしてもらうので、ここからは新曲をやっていこうと思います」

 涙を拭きながら、花菜がMCをはじめる。

 花菜のMCはなかなかレアだ。これも美祢のわがままなんだろうと想うと、会場は少しだけ笑いが起きる。

 想えば、美祢が座長となったツアーやライブは、よく美祢がMCをしていた。

 それが仕事だからと、リーダーの恵と取り合うようにMCをしていたのだ。

 しかし、結成当初から考えても、花菜がMCをするのは本当にまれだ。

 たぶん、これからはちゃんとMCもするんだよと、言われたのだろう。

 そう考えると、どこかおかしい。

 あの花菜も、美祢には頭が上がらないのかと笑い声は増えていく。

「花菜、みんな笑ってるよ」

「……楽しんでくれるなら、まあ、いいでしょう!」

 恵やもも、菜月に散々イジられながらの花菜のMCは、なかなかに好評のようだ。

 これからの、はなみずき25のライブでは花菜のMCも増えていく事だろう。

 美祢のいなくなった後のライブでも、その姿を見ようと訪れるファンはいるのかもしれない。


 美祢のいないステージで、『未来への北極星ポールスター』を含めた5曲が披露される。

 本来なら、披露されるのはこの公演の後のツアーであるはずの、楽曲が流れる。

 その中で、美祢の参加する『夜明け前の空気が好きだと、君は言った』は、まだ披露されない。

 本当に参加だけで、オリジナルメンバーによる披露は無いのかと、ファンの残念そうなため息が聞こえてくる。

「いやぁ~、おまたせ~!!」

 久しぶりに登場した美祢の姿に、ファンたちはさっきのため息を忘れて声を上げる。

 ドレス姿の美祢に、歓喜の声を上げている。

「いやぁ、このドレス。意外と大変」

 いや、それも自分で選んだんだろうとメンバーにツッコまれながら、笑顔の美祢がステージ中央までやってくる。

 もうここからが後半戦。

 あと少しで、ステージ上の美祢を見ることができなくなってしまう。

 それでも、美祢が望んだ盛り上がりをファンは続ける。

 いや、本当に楽しんでいるのだ。

 美祢の最後の晴れ舞台を。

「じゃあ、新曲行こう!」

「大丈夫? 踊れる?」

「大丈夫、大丈夫! いっくよぉ~~~!!! 『夜明け前の空気が好きだと、君は言った』!!!」

 ドレス姿の美祢とライブ衣装の花菜がセンターで踊りだす。

 ももの心配をよそに、美祢は豪華な衣装のまま、器用にダンスを披露している。

 まるで、ウェディングドレスのような豪華さに着替えても、その姿はどこまでもアイドルのまま。

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