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三百九十七話

 賀來村美祢卒業記念ライブの当日。都内のイベントホールには、まだ開演に十分過ぎる時間があるというのに多くのファンが詰めかけていた。

「みね吉、……本当に、辞めるんだなぁ」

 会場に掲げられた、賀來村美祢卒業の文字。ファンには当然に訪れる当たり前の言葉。そんなことわかっていた筈なのに、何故か物憂げになってしまう。

 会場に訪れたファンの何割が美祢を推しているかはわからない。だが、会場に近づくにつれて増えていく看板や旗を見るたびに、誰もが一度足を止める。


 そして卒業の文字を見ながら、美祢を思い出す。

 ライブで目を見てファンサービスしていた笑顔を、SNSに挙げられたメンバーたちとの笑顔。バラエティー番組で必死になりすぎて注意を受けたときの悪びれない顔。

 だんだんと涙が減っていくのは、成長の証だ。美祢も笑顔の割合が多くなっていた。

 ファンの中には、美祢の魅力はあの泣き顔だという人気が根強い。

 だがしかし、その涙を思い出そうとしても……すぐに浮かんでくる場面が、ない。

「いつから、……笑顔だったんだ?」

 思い出そうとしても、美祢の泣き顔が思い出の中に見つからない。あんなに大切にしてた彼女の思い出が。泣き顔だけ見つからない。

 思い浮かぶのは、本当に最近の引退を公言したあの場面のみ。

 もっと、あったはずなのに。記憶をたどっても、美祢の笑顔との思い出の方が多い。


「そうか……みね吉、頑張ってたんだな」

 そう、見つからないのは美祢が必死に塗り替えたからだと思い当たる。花菜が離脱して一人踊ってた時も、姉と慕う先輩たちが卒業したときも。卒業生がピンチヒッターで駆け付けて来たときも、新メンバーが泣き出した時も。

 彼女は笑っていた。

 それが当たり前と思っていた。たが、彼女とて24歳の女性だ。そんなものが当たり前の訳がない。


 会場やそこへ向かう道の途中で、足を止めていたファンが再び動き出す。涙と嗚咽を殺しながら、推しの最後の姿を見るために、一歩ずつ、確実に踏み出していく。


 ◇ ◇ ◇ 


「みんな、今日は全開でやるからついてきてよ~」

 美祢は沈んでいるメンバーに、陽気に声をかけていた。

 しかし、そんなわけにはいかないと無言で返される。

 そんなメンバーたちであふれた控え室に、美祢はため息をついて机を叩く。

「ちょっと! 私はこんなしんみりと送られるつもりないからね! 二代目! もっとメンバーの士気上げてよ! こんな表情のメンバーをファンのみんなに見せるんですか!?」

「あ、そうだな。ゴメン美祢。……みんな! 美祢の言うとおりだ。美祢がいなくっても私たちは大丈夫だってファンのみんなに見てもらおう!」

 今にも泣いてしまいそうなメンバーが何人か見受けられるが、それでもアイドルらしい笑顔を見せるメンバーもいる。

「そうそう! みんな、最後までよろしくね。笑顔は魔法! みんな忘れないでね」

 美祢の言葉にうなずくメンバーを見て、美祢は満足そうにうなずき返す。

「じゃあ、二代目。円陣しよう! カメラ来る前に私たちだけで」

「う、うん! よ~し。やるか!」

「は、はい!」

 しんみりしていた後輩たちも、美祢の声に落ち込んでいた同期たちも元気に席を立ち、円になりとなりのメンバーと肩を組む。

「美祢が卒業する。そんなこと私たちには関係ない! 私たちは、アイドルだ! ファンのみんなに心配させないように、精一杯盛り上げるぞ!!」

「ハイ!!」

 恵の声にメンバーが応える。

 さっきまでの表情ではなく、今、精一杯のアイドルの表情を必死に作って。

 そうだ。

 確かに、今日は賀來村美祢のラストライブ。それは変えられない。

 でも、自分たちはまだアイドルを続けていく。

 誰よりもアイドルとして輝いたエースに、心配そうな顔をライブ中にさせるわけにはいかない。

 この誰よりも尊敬出来るエースに、最高のライブを。

 心残りのないような、素晴らしいライブを。

 メンバーの士気を上げる、大きな声が楽屋に響いている。

「あ、あのさ。確かにいい笑顔してるけどさ、ちょっとは私の卒業、意識しても良くない?」

「美祢。士気上げるための方便じゃん? 本気じゃないよ」

「本当?」

「本当、本当。ね? リーダー」

「……ダメ?」

「ねぇーー!! ヒドイ! ヒドイよ!!」

「ゴメンゴメン。……そうか、ダメか」

 リーダーとエースのいつもの掛け合いに、新しいエースの花菜が混じる。

 その姿が、何人かのメンバーの涙腺を刺激する。

 もう、こんなライブの始りはないんだと。

 この円陣は、もう聞けないんだと。

「よし、改めて、円陣いくよ!」

「ハイ!」

「せ~の! 想いを受けて輝く花を! 咲け! 大輪の笑顔! 私たち~! はなみずき25!!」

「フゥ~!!」

 メンなーたちは、となりのメンバーと笑顔でハイタッチを繰り返す。

 それまでの関係性も何もない、ただ、近くに配置されたフォーメーション。

 それでもこのライブの直前の円陣では、そんなものどうでもよかった。

「よ~し! じゃあ、本番の円陣もこんな感じでよろしく!」

「え~~!!」

「やるに決まってんじゃん。これは美祢のわがままに付き合った円陣だもん、円盤用にカメラ前でもやります」

「ビジネスライクすぎ」

「リーダーの守銭奴!」

「お~い、悪口言ったやつ。ちょっと来なさい」

 リーダーから逃げるように、メンバーが楽屋から出ていく。

 出口付近で美祢は扉をとどめながら、手を挙げる。

 出ていくメンバーが、美祢とハイタッチしながら廊下へかけていく。

 最後になったのは、二代目リーダー香山恵。

「今までありがとうね。リーダー」

「まだ始まってないっつーの!」

 大きな乾いた音が、廊下に響いていた。

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