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三百九十六話

「じゃあ……美祢からみんなに一人ひとり言いたいことがあるらしいからさ。みんな、しっかりと聞いてやってくれるか?」

 片桐が、俯いているひな壇に向かって声をかける。その声に誰も答えようとはしない。

 懐かしさが、片桐の脳裏に蘇る。

 この番組、『はなみずきの木の下で』が始まったころによく見た光景だ。

 その隅で、番組中に一番涙を流した彼女は、今こうしてスタジオ中央で笑顔でメンバーをみている。

 こんなにも優しい笑顔をするようになったのだと、片桐の胸がキリリと痛む。

「MCが聞いてるんだから、返事をしなさい!」

 片桐が声の方を見ると、相方の小向がもう大粒の涙を流しながらメンバーを叱りつけていた。

 そう、自分達も悲しい。だが、この娘を送り出すためには、……安心させて送り出すには必要なことだ。

 もう、誰も賀來村美祢を頼ることはできない。

 この娘は、あと5日後のコンサートを最後に芸能界から姿を消すのだから。

 今までの彼女達ではだめだ。

 悲しい涙で、この娘の芸能生活を終わらせたくはない。

「みんな、いいね?」

 片桐は、ゆっくりと言い含めるようにメンバーへと問い返す。

 

 はなみずき25のメンバー全員が、涙を流しながら頷いている。

 スタジオの中央で、一人立つ美祢はみんなとは対照的に笑顔だ。収録前に自分が宣言した通り、皆を泣かせながらも自分は笑顔でお別れを全うするつもりのようだ。

「じゃあ、最初は……智里! おいで!」

 智里は名前を呼ばれると、ピクリと体を震わす。ゆっくりと美祢の方を見た智里に、美祢は笑顔で手招きをする。智里はこらえられなくなった涙で頬を濡らしながら、首を横に振る。

 行きたくない。行ったら、あの人とはお別れなのだと理解しているからこそ、拒否してしまう。

「もぉ~! しょうがないんだから……ほらっ!」

 美祢はタタタと駆け寄り、智里の手を引いてスタジオ中央へと戻ってくる。

「みーさん……なんで……っっ!」

「最初はさ、やっぱり智里がいいなって。智里とは、かすみそう25……ううん、つぼみの頃からずっと一緒にいたよね。最初なんかさ、あんな人アイドルじゃないなんて言われて……結構傷ついてたんだから」

「ご、ごめん……ごめんなさい」

 美祢は智里の流れる涙をぬぐいながら、そうじゃないと首を振る。

「ううん。智里、ありがとう。智里がいなかったら私は、私がアイドルでいられたか、確認できなかったよ。あんなにはっきり言ってくれる人いなかったし、智里が後ろを支えてくれたから、ちょっとは先輩らしく振舞えたんじゃないかって……、そう、思ってたんだよ? それにさ、『花散る頃』で、一番一緒に踊ったのが、……智里で良かったよ。智里が、……いっつも、挑んで、くれて……う、うれしかった」


 美祢の頬を涙が流れ始める。

 我慢しようと、必死にこらえていたモノが最初の一人で決壊してしまう。

 美祢と智里が出会って、実に8年。その歳月は、ある意味では美祢と花菜との関係を超えているのかもしれない。必死に追いすがる後輩にまだあなたの目標は先にいるのだと、そう言い続けた8年間。

 ともに歩んだその時間は、他に置き換えることができはしない。

「……っふふ。みーさん、もう泣いてる」

 収録前の宣言を見事に覆した智里は、小さく笑う。

 してやられた形の美祢は、涙を流しながらも口角を必死に上げて、智里の頭に軽くげんこつを落とす。

 そして、2人は抱き合い互いの存在を自分にしっかり刻み込む。

「智里、これからは智里がはなみずき25を引っ張るつもりでね。ボスは言ってたよ。智里が、はなみずき25の太陽だって」

「……っっ……っはい!」

「あなたは、私の、本当に自慢の妹だったよ。……ありがとう」

 美祢は智里の頭を軽く撫でて、席へと戻るように促す。

 美祢に背中を向けた智里が、震えながら席へと戻っていく。

 手の甲で涙を拭きながら、美祢は頷き、そして他のメンバーへと視線を移す。

「次は……恵さん! 2代目! こっち来てください!」

 笑顔を取り戻した美祢は、メンバーを次々と呼び別れの挨拶をしていく。


「最後は花~菜!! こっちおいで!」

 花菜は涙を隠す様子もなく、それでいて、あんたの思い通りにはならないと拒否する。

「そんなこと言わないでよ、親友!」

 断固として動かない花菜に、美祢はダイブするように近づき拒否する花菜を抱き締めて引きずり出す。

 カメラの真ん前に出されてしまえば、花菜というアイドルは逃げるとができないのを美祢はよく知っていた。

 投げるように振りほどかれた美祢は、子供のような笑顔を花菜へと送る。

「花菜、私はね。花菜みたいなアイドルに憧れてた、花菜がスカウトされたとき『やっぱりなぁ』って納得しちゃったんだ。でもね、私にアイドルになるって言った時……中1の終わりだっけ? すっごく寂しそうに私に言ってたじゃない? 今にも泣きそうな顔でさ」

「……そんなこと……ない」

「え~! 泣きそうだったよ! だからね、私はアイドルになろうって思ったの。あんなカッコ悪い花菜をファンのみんなの前に立たせられないなぁ~って。私はね、……カッコいい花菜が大好きだったよ、世界で一番。誰よりも好きだったよ」

 花菜ははじめてカメラの前で、自分の顔を手で覆ってしまう。

 自分の憧れた一番のアイドルが、自分のためにここまで来てくれたのだと、初めて知ったのだ。

 うれしくもあり、そして、もう引退することが、悔しく、悲しい。

 あの時、自分が怪我をしなければ……この娘ともっとおなじステージを踏むことができたかもしれない。グループをけん引するほど大きな存在になった美祢の隣で。

 なにより、自分が復帰したことで美祢は引退を決意したのだ。

 自分が帰ってくると信じた美祢を、自分が引退に追い込んでしまうなんて。

 なんで、『花散る頃』をあんなにも踊りたかったのか? 踊りたいと願ってしまったのか?

 

「花菜、私はね。花菜が、帰ってきてくれて、ようやく本当の『花散る頃』を踊れて、本当に、……本当にね、うれしかったんだよ! ありがとう! 花菜を、信じてよかった。智里には、ごめんだけどさ、花菜じゃなかったら、こんなに幸せに終わることできなかった……ありがとう、花菜」

 美祢は再び、泣き出してしまった。

 こんなにも声を上げて、カメラの前で泣くなんていつ以来だろうと、美祢は心の片隅で恥ずかしさを覚える。だが、こうして泣ける機会をもらえたことがうれしいのだった。

 抱き合ったまま、泣き崩れるふたり。それを見ていたメンバーたちは、自然と立ち上がり、2人に駆け寄ってしまう。一塊になって泣くメンバーを、青色千号とスタッフたちは時間の許す限り見守っていた。


 メンバーたちが去ったスタジオに、青色千号と美祢が残り、カメラの前に立っている。

「さて、こうして卒業するメンバーをエンディングで送り出すのは、いつだって寂しいね」

「そうだね。しかもさ、美祢が卒業なんて、まだまだ先だと思ってたからね」

 もう、何度も涙を流し、胴乱もグズグズになっている青色千号の二人。それでも最後の送り出しだからと笑顔を張り付けて美祢と向かい合う。

「色々とご迷惑ばかりかけてしまって、本当にありがとうございました」

 深々と頭を下げる美祢を見て、小向は口を押えて背を向けてしまう。

「本当に、本当にさ。辞めちゃうの?」

「はい、……私がこれから女優とか、お二人は想像できないでしょ?」

「……」

 片桐は答えに苦しんで黙ってしまう。相方がこうなっては、自分しかいない。

 それはわかっているが、美祢の言葉もわかってしまう。

 この娘は、アイドルだから演技ができるのだ。アイドルだから、人前で堂々とパフォーマンスをすることができるのだ。そう、この娘は、どこまで行ってもアイドル。

「それにね、アイドル辞めたらやりたいことがあるんです」

「へ、へー。それは?」

「えへへ、今は言えません! 卒業コンサートでファンのみんなに最初に聞いてほしいので」

 美祢の笑顔を見た小向は、ハッとするものがあった。おそらく片桐にはわかるまい。

 小向は本間の方をみて、目で何か合図を送る。

 本間も何かを感じたのか、それ以上追求しないように片桐に指示を出す。

「? そ、そうか! 上手くいくと良いな!」

「……はい!」


 スタッフから手渡された花束を、青色千号の二人が恭しく抱える。

「寂しくなるけど、これからもどうか元気で!」

「いっぱい笑って、泣いて、これからを楽しんでね!」

 二人は別れの挨拶を口にすると、抱えていた花束を美祢へと渡す。

 美祢のサイリウムカラーのライトイエローにまとめられた花束。まとめられた花の言葉に信頼が多いのはこれまでの番組への貢献への感謝かもしれない。

 そして、散りばめられたカスミソウ。美祢がけん引したもう一つのグループの名前の由来となった花。

 それを見ると、美祢の眼に今日何度目かの涙が湧き出てくる。

「じゃあ、……見ていてくれているファンのみんなに、最後の一言を」

「たぶん、これを見てくれているときは、ファンのみんなには伝えたいことは伝えた後なので……。……これまでありがとうございました。はなみずき25をこれからもよろしくお願いします」

 深く下げられた頭を上げた時、美祢の顔には笑顔が添えられていた。

 涙の痕が残る、それでいて晴れやかな笑顔だ。

 これが、アイドル賀來村美祢の冠番組『はなみずきの木の下で』で見ることのできる最後の表情だった。

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