三百九十五話
カップリング曲のすり合わせに多少の時間は使ってしまったが、どうにかグループ何の意見を集約できた。
今後ともこの楽曲が披露されるときは来るだろう。
ただ、少しだけ時間は必要かもしれないとメンバーは想うのだが。
歌収録、MV撮影と忙しい時間を終えたメンバーだったが、もう一つ必要なこともある。
それは、自分たちの冠番組『はなみずきの木の下で』の収録だ。
美祢の希望はギリギリまで、グループとして活動することだったが、冠番組までのスケジュール調整はできなかった。それよりも優先するべき仕事と、楽曲製作に追われた結果だ。
あと5日で賀來村美祢の最後のコンサートが始まってしまう。
2カ月あった猶予もあっという間に消費してしまった。
だが、そのわずかな時間の中でどうにか美祢と交流を持てた後輩もいた。
寂しいと、何とかそのぬくもりをとどめたいと、メンバーと抱き合う美祢の姿が印象的な2カ月だった。
そして今日の収録は、賀來村美祢の卒業企画の収録。
その前に、前室にいた青色千号の二人に声がかかる。
「あ、青色さん。今日もお願いします!」
明るく美祢が声をかける。
とてもこれから、自分の卒業企画を撮るメンバーには思えない。
もう、これから彼女とこうして気軽にしゃべる機会はないんだと、片桐の心に何かが来る。
「お、時の人がいる! おーい! 小向くん、有名人がいるぞ!」
「ちょと‥‥」
「あ、本当だ! 突然辞めるって言って大忙しの人がいる!」
「あの、本当に……」
ここぞとばかりに、二人は今まで不在だった美祢をイジりだす。
本当は何としても泣かせるつもりだったのに、美祢の笑顔を見てしまって片桐は直前に方針転換してしまった。
「おい、美祢。今日は大丈夫か? 大泣きしちゃうんじゃないの?」
「泣きませんよ!」
「本当かなぁ?」
「大丈夫です。私は泣きません、だってこの企画、私主導なんですから」
美祢の言う通り、最後に美祢が参加する企画は、美祢がメンバーに今までの活動で感じたことを一言ずつ言っていくお別れ企画だ。
そのメンバーに掛ける言葉も、流れる音楽も美祢の希望に沿って決めている。
この企画の趣旨は、泣き虫みね吉と呼ばれたメンバーが、ほかのメンバーを泣かせて卒業していくというモノだ。
美祢がどうしても、自分だけが涙を流してきたんじゃないとファンに弁明したいらしい。
そして、この場で存分に泣いてもらって、自分の卒業コンサートではアイドルらしい笑顔で飾ってほしいと願っているからでもある。
美祢の大事にしている言葉『笑顔は魔法』を、最後のステージでもメンバーに発揮してほしい。
そんな願いを聞き遂げた形で、番組の企画となった。
他の卒業生にはなかった、割と特別感の強い卒業企画ではある。しかしこれまではなみずき25とこの番組を支えてくれた功労者に対しては、本当にわずかばかりの返礼でしかない。
「私がみんなを泣かして、私は最後まで泣かないで卒業してやるんです」
「本当にできる? 俺は早々に美祢を泣かす方にシフトしたいけど」
「絶対にやめて下さいね!? 私が今日泣くのは趣旨から外れますから」
「……どうしよ」
片桐がいつも通りに振舞っている中、相方の小向は何か心配事があるみたいだ。
「どうしたの? 小向くん」
「いやぁ~……これさ、今日の企画」
「うん」
「これって、俺らも泣いたら終わりだよね?」
「……」
「……」
美祢と片桐が固まる。
そうなのだ。
MC陣が泣いてしまったら、誰も収拾できない。
そして、多分泣くかもしれないとそんな懸念もある。
「もうすぐ本番です。賀來村さん、青色さん。スタンバイお願いします」
スタジオには、もうメンバーが入っている。
登場シーンのために、美祢だけMCと共にいる。
先ほどの小向の言葉で、何となく緊張感が高まっている気がする。
それは、張り詰めた糸のように。
何かのきっかけで、キレてしまうかもしれない。
美祢もまだ若いとはいえ、もう24と大人の女性だ。
これまで鍛えられた感性は、それなりに敏感になってしまっている。
そして、青色千号の二人。
もう40を超えて半ばも過ぎれば、ちょっとしたきっかけで涙が出てしまうモノ。
この収録前に、子犬がじゃれている映像で泣いてしまった記憶が小向に蘇る。
自分で行っておきながら、もう限界が訪れようとしていた。
メンバーが泣く前に、MCや仕掛け人の美祢が泣きだすという最悪を考えてしまうのだ。
それを意識してしまった3人が、それとなく前室を出る前に顔を見合わせる。
何に対して頷いたのかわからないが、同時にうなずいていた。
そしてスタジオに入ると、メンバーが美祢との別れを惜しんで鼻を鳴らしている。
もうこの時点で、小向は限界だった。
そして、どうにか耐えた片桐がメンバーを見ながら、静かに言い始める。
「じゃあ……美祢からみんなに一人ひとり言いたいことがあるらしいからさ。みんな、しっかりと聞いてやってくれるか?」
その言葉に小向は、頬が濡れる感覚を覚えた。




