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三百九十三話

 新しいシングル表題曲『未来への北極星ポールスター』の制作は、ダンスの振り入れから始まった。

 まだ在籍期間だというのに、そこには美祢の姿はない。

 そのちぐはぐ感が、まるで歯の欠けた歯車のようなぎこちなさをメンバーに与えていた。

 振付師のリョウは、そのことを決して咎めない。

「いい? この楽曲はあなたたちだけで美祢を表現することが重要なのよ。だから常に頭の中には美祢との思い出を浮かべていないさい」

 そうなのだ。

 与えられた楽曲を見た時に、メンバーは思わず作詞家の安本源次郎を恨んだ。

 この歌詞は、自分たちの道しるべでもあった賀來村美祢がいなくなるという不安を書いていた。

 あの人がいないと不安だ。一歩も進むことができないと嘆くメンバーが歌詞に書かれている。

 まるで美祢がいないと、君たちはアイドルではないと言われているかのようだ。

 確かに美祢がいないという不安は間違いじゃない。だけれど、美祢がいないとアイドルができないのかと言われれば反発するしかない。

 美祢の活躍に比べれば、確かに自分たちの活躍は劣るかもしれない。

 それでも、自分なりに精一杯やってきたという自負がある。

 あの人がいなくても自分たちは大丈夫だと、安本源次郎に知らしめなければいけない。

 そうまとまりかけたグループに、乗り遅れた者がいる。


 矢作智里は、渡された歌詞に絶望していた。

 それは自分の心を映した鏡。

 自分がどう見えているかの答え合わせ。

 その姿は、智里の中にあるアイドル像とはかけ離れていて……。それでも確かにそれは等身大の自分で。

 それまでしてきたアイドル活動を振り返っても、奮起する気持ちが顔を上げない。

 そう、あの背中。

 新しいグループに入ってから今まで、追いかけてきたあの背中が無いという事実が、智里の足を止めさせる。

 そんな自分に後輩たちが困惑しているのもわかってはいる。

 だが、……どうしてもダメなのだ。

 どんなことを言われても、どう揶揄されても、あの人の背中が無いという事実が智里の目を濁らせる。

 となりに高尾花菜がいるということにも気が付かず、智里だけが精彩を欠くダンスを踊っている。


 その智里の姿に、香山恵はヒヤヒヤしていた。

 あの花菜のとなりで、そんなことをしていたら……。

 いつ花菜がキレて智里を怒りだしても不思議ではない。

 そうなったら、止めるのは自分しかいないだろう。

 立場的にも、距離的にも。

 香山恵は、Wセンターのすぐ後ろ。裏センターの位置に配されていた。

 恵はそれを、万が一になったら君が止めなさいと言われていると感じていた。

 エースに支えられたリーダー。

 本来は逆のはずの、甘えていたリーダーに対して、運営がもうそんな時期ではないと言われているかのようだった。

 恵は、花菜の『復活』を信じきれなかった一人。何なら早々に見限った側の人間だ。

 その恵に、衝突する花菜と智里を止めろと言うのは、あまりに酷ではないかと思ってしまう。

 だが、やらないといけない。

 本来なら美祢が負ってきた役目。

 メンバー間のトラブルの早期解決という、神経の磨り減る仕事も今後は自分の仕事になるのだから。

 それが、本来のリーダーとしての役割なのだから。

 恵は、美祢のいない喪失感だけではなく、いつ衝突し始めるかわからないWセンターへの緊張感をもってダンスを踊っている。


 そんな緊張感が花菜にも伝わっているのか、花菜の表情が優れない。

 突然、何かにイラついたように、振り付けにない脚運びで床を踏み鳴らしてしまう。

「ゴメン、もう一回アタマからいい?」

「……」

 そんな花菜の様子にも、リョウは何も言わない。

 リョウは、この曲の歌詞を見た時から感じていた。

 これは、安本源次郎特有の解りずらい優しさにあふれた曲なのだ。

 賀來村美祢がいない。

 そんなグループにとっての一大事。

 それをこの楽曲の期間中は、十分に噛みしめなさいと言う優しさなのだ。

 あの誰よりも頼りになった。誰よりも先頭で走ってきた彼女がいないという現実。

 それをこの期間中だけは、どれだけでも表現してもいいという温情。

 だが、この先の未来では誰も賀來村美祢を頼ることを許しはしない。

 はなみずき25の未来の中で、この時だけは、この楽曲の中だけはそれを見せてしまってもいいと言っている。

 

 だから、どれだけ後悔してもいい。どれだけ怒ってもいい。どれだけ泣いてもいい。

 想った通りの感情を、この楽曲にだけはぶつけてもいい。この瞬間だけはアイドルではない感情を発露を許された楽曲。

 それほど、安本源次郎にとっても賀來村美祢というアイドルの存在が大きくなっていたのだろう。

 もしかすると、彼女たちを通して安本源次郎の嘆きが表現されているのかもしれない。

 欠けたものを確認する作業。

 それが必要なのは、彼女たちだけではないのかもしれない。

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