三百九十二話
はなみずき25の21枚目シングルのフォーメーション発表の日がやってきた。
新しいシングル制作。
いつもであれば、もしかしたら自分が新しいセンターになれるかもしれないという淡い期待と、それまでの活動が運営側にどう評価されたかという答え合わせの緊張が入り混じる瞬間だ。
しかし、このシングルに限ってはそうではない。
文字通り、新しいはなみずき25の出航。
この数年間、このはなみずき25を引っ張ってきたメンバーを港に残し、新しい船出をしていく。
そして、その売り上げはメンバーが最も気にしなくてはいけない、大事な指標になる。
今回のセンターで賀來村美祢がいなくなり、次のセンターはその美祢の最後の売り上げを超えることを期待されるからだ。
そう、賀來村美祢の最後のセンター曲。誰もがそう想っていた。
「じゃあ、発表前にみんなに、賀來村から一言あるから聞いてやってくれ。賀來村」
「はい」
兵藤に呼ばれて、美祢がメンバーの前に出てくる。
美祢の表情は、卒業・引退を伝えるには少しだけ明るく見える。
反対にメンバーの表情が暗い。
緊張感は残ったまま、誰もが美祢が何を言うのかを知っていた。
本来であれば、ファンよりも前に知っているはずの情報。
だが、今回はファンよりもメンバーがあととなった。
「え~っと、私、賀來村美祢はこのシングルでアイドルを引退します。直接言うの遅くなってごめんね。……兵藤さんたちとも話し合ったんだけど、私は今回のシングル……表題曲には参加しません。……勝手言って本当にごめんなさい」
メンバーは耳を疑った。本来、美祢のこれまでの活躍を考えれば、卒業センターは確実のはずだ。
それまでの集大成として、このシングルは賀來村美祢に染め上げても誰も怒りはしない。
いや、そうしなければいけないはずだ。
「静かに静かに、こちら側としても賀來村に最後のセンターをしてもらいたかったんだが、このシングルの発売後にツアーが予定されている。賀來村はそのツアーに参加しない。だから、新しい体制で表題曲を引っ張っていってほしいそうだ」
兵藤の言い方で、そこには美祢の意向も入っているのが分かる。
自分の卒業・引退ということを優先せず、はなみずき25の新しい体制を早く定着させてほしい。
そう願っているのだ。
小走りで席に戻ろうとする美祢。
その姿が、あまりに他人行儀に思えてメンバーに悲しみが降ってくる。
「じゃあ、表題曲のフォーメーションから発表していく」
「最後に、センター。高尾花菜と矢作智里。……センターよろしくな」
「はい」
「……はい」
花菜と智里は、それぞれ違う顔をカメラに写されていた。
花菜は納得してないようでいて、それでも前を強く見ている。
しかし、智里は少しだけうつむきがちだ。
智里の心の中には、自分が『花散る頃』を踊ってしまったせいで美祢が辞めると言い出したと、後悔の念が強い。
自分が踊れれば美祢は、はなみずき25の未来を明るく思い、また新しいシングルでその背中を見せてくれると想っていた。その背中をまた追わせてくれると想っていた。
だが、そうはならなかった。
それが智里の顔を下げさせる。
しかしそれは、花菜も同じだった。
周囲から聞いていた、美祢の『花散る頃』への執着。
自分がセンターに帰ってくると、誰よりも信じていた彼女。
だから、自分の『復活』が新しいはなみずき25の未来だと、二人の新しいアイドル生活の始りだと想っていたから。
しかし、美祢は花菜の復活を見届け、新しいセンターの台頭により引退を決意した。
新しいアイドル生活は、確かに始まるのだろう。
だが、そこに美祢は居ない。
ちゃんと前を向いて、カメラを見ている花菜だったが、その頭の中は『何故?』という言葉で埋め尽くされていた。
異様な空気のまま、カプリング曲のフォーメーション発表が始まる。
何人か呼ばれて、その位置に納まると次第に参加人数もわかってくる。
こっちには美祢が参加する。
そのことが、何となくメンバーの心を軽くさせる。
緊張感から解放されたのか、三期生メンバーの何人かが涙の混じった声で返事をしだす。
その声を聴いて、メンバーは改めて美祢の引退を意識しだす。
誰よりも前に立ってきた、かけがえのないメンバーが居ない表題曲。
そのプレッシャーが少しずつメンバーを包んでいく。
「センターは、賀來村美祢と高尾花菜。頼んだぞ」
「はい!」
「……はい」
しかし、美祢が前に立つ。
その姿が、その背中がいつも通り過ぎて。
まるで、みんななら大丈夫だからと言ってるような気がして。
そうして新しいシングルの『未来への北極星』の制作が始まる。
そして、それは同時に美祢の最後の参加楽曲『夜明け前の空気が好きだと、君は言った』の制作も始まる。
美祢の最後のアイドル活動。
それが明確にされたことも意味していた。
この時、メンバーは賀來村美祢の最後のステージ。
卒業コンサートの日程を知らされた。
もうその日以降、賀來村美祢はグループにはいないんだという宣告でもあった。




