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三百九十話

 動揺する主に、吹き出しそうになるのをなんとか留めて、安本は話を戻す。

「いや、まあ、僕に弁明したところでね。……そうか、賀來村クンを選んだか」

「……意外、そうですね」

 主は安本の言葉に驚いていた。

 きっと、自分がどれほど賀來村美祢に懸想していたことなど、あの安本源次郎ならばお見通しだと想っていた。

 あれだけ、自分と美祢を監視しておいて。

 かけらも気が付いていなかったというのか?

 いや、もしかしたら念には念を入れていて正解だったということかもしれない。

 あの日、美祢が主に想いを伝えた時から、主は美祢を必要以上に避けてきた。

 あの弱った彼女のそばにいる事。本当はそれが一番正しい行動なんだろうと今でも思う。

 だが、自分は彼女に言ってしまった。

 高尾花菜を賀來村美祢のいる位置まで引き上げると。


 あの時、そう言わなければ彼女はここまでアイドルをしては来なかっただろう。

 どうしても、夢を諦めた彼女を見たくはない。

 その身勝手な願望のために、賀來村美祢の夢の実現を目指した。

 決して邪魔をされないように、力を蓄えるために無茶なペースで仕事もした。

 そのお陰もあって、花菜との秘密の特訓も隠し通せてはいた。

 だが、この男。安本源次郎にまですべてを隠しきれるわけが無いと想っていた。

 自分の計画も、自分の想いも。

 本当に気が付いていなかったのだろうか?


「ああ、花菜が倒れた時に君が振り回されているのを知っているからね。あの時に気持ちが移ったかと思っていたよ。最近は特に仲が良く見えたから……ああ、そういうことか」

 安本は自分の言葉に納得したようだった。

 すべての行動の帰結は、高尾花菜の復活ではない。

 賀來村美祢の夢の結実にあったのだ。

 そう理解してしまえば、なるほど。

 余計な手出しをされないために、高尾花菜の復活劇を描くためだけに、わざと賀來村美祢との距離を取っていたのかとわかる。

 彼女のこれまでの実績を考えれば、下手に接触してしまえば安本以外の邪魔が入ってしまう可能性が高い。その不安材料を最小限に止めるために、わざと賀來村美祢と遠くに置いたのだとわかる。

 そして安本源次郎が考えてもいなかった、賀來村美祢の夢の決着。

 自分と言う危険な要素から、切り離すために。

 そこまで考えているなら、よほどのことなんだろう。

「すみません。先生の手元からかすめ取るようなマネをしました」

「それほどってことなんだろう?」

「はい。どうしても」

 彼がどれほど本気なのかは、よくわかった。

 悔しいが、この件に関しては彼のほうが一枚上手だったということだ。

 そう考えると、嬉しくもあり、悔しくもある。


「そうか。……小説なんだが、3日後に持ってきてくれるかい?」

「明日でも大丈夫ですけど?」

 そうだった。

 彼の小説は出来上がっている。

 何なら、今すぐにでも読むことは可能だろう。

 ……。

「いや、彼女の最後の曲を頼まれてね。正直、君のイメージに引っ張られたくないんだよ」

 これは安本源次郎の強がりだ。

 自分よりも彼女を理解している彼の小説を読むことが、彼女のイメージにより近づける可能性は高い。

 だが、それはすることはできない。

 自分は誰でもない。安本源次郎なのだから。

「先生も、美祢ちゃんが好きなんですね」

 主の言葉に、思わず安本の時間が止まる。

 何を今さら?

 もしかして、そんなこともわかっていなかったのだろうか?

 再起動した安本は思わず笑ってしまう。

「ふふふ、おかしなことを言うね。僕は僕のアイドル達は娘だと思っているからね。厳しいくするときはそうするし、甘やかす時は最大限甘やかすって決めてるんだ」

 そう、彼女たちアイドルは自分にとっては娘も同然。

 奥野恵美子のかけらをもって生まれてきた、血のつながらない娘たちだ。

「そうですか」

「ああ。だからね、娘を奪っていくかもしれない男の助けを借りては僕が僕を許さない」

 そう、いつの時代も娘を奪っていく男と父親は仲が悪いものだ。

 そんな男の手を借りては、安本源次郎の名が廃る。

 彼女を、アイドルを育ててきたという安本源次郎のプライド。

 もう、これ以降彼女には何もしてやれることは無いのだから。

 彼との関係がどう落ち着こうが、もう自分には何も……。

「わかりました。3日後に」

「ああ、よろしく頼むよ」

 

 電話を切った安本は天井を見上げる。

 久しぶりに感じる敗北感。

 だが、それがどこか心地よくもある。

 負けるということは、まだ勝負が出来ていたということ。

 ならば、まだ勝てる要素もどこかにあるはずなんだから。

 ……。

 いや、やっぱり悔しい方が強い。

「あ~あ、本当の父親に殴られてしまえ」

 そうだ。

 あんなに憎らしい男は殴られるべきなんだ。

 いや、うまくいくとは思っていないけど。

 どうあれ、誰かに殴られればいい。

 何故だか、フラれたような気分になってしまった自分が恨めしくもあった。

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