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三百八十九話

 美祢が夢乃と共にいた時間。安本は主へ電話を入れていた。

 なんだかんだと、はなみずき25に関わってくれた主には、安本本人から連絡を入れないといけない。

 主と知り合って8年。想えば無茶なことも言った。

 賀來村美祢の活躍とともに、いっぱしの物書きに成りあがった主に関わり深い彼女の最後を報告する。

 それは部下には任せられない重要な安本の仕事だと考えていた。

「@滴くん、今時間いいかい?」

「ええ、大丈夫です」

 やけに電話口が明るい気がした。

 彼も彼女の報道は知っているだろうに、まるで気にした様子が声からは読み取れない。

 安本の勘が主の何かに引っかかった。

「あの娘がね、賀來村美祢が引退をしたいと私に言ってきたんだ」

「やっぱり、あの言葉は本気……だったんですね」

 どうもおかしい。

 彼の口調からは、一切の動揺を感じない。

 まるですべてを知ってしたかのような冷静さを感じる。


「ああ。……それでね、ほら、何時か言っていただろう? 彼女の引退の時にあの物語の終わりを書くって」

「はい、言いました」

「書けそうかい?」

「書きます。いえ、書かせてください」

 淀みない受答え。彼は理解しているのだろうか?

 あの賀來村美祢が引退するからという話をしているというのに。

 安本はここにきて主と言う男の評価がわからなくなっていた。

 あのアイドルに寄り添うことが、何よりも正義だと行動していた彼とは別人と話しているかのようだ。

 いや、別人ではないはずだ。

 直近の報告でも花菜の復活に尽力していたと聞いている。

 なら、何故?

 賀來村美祢に興味がなくなったか?


 安本は自分の動揺を隠しながら、本題へと話を進めていく。

「そうか、わかった。じゃあ、正式に依頼する。賀來村美祢の物語のラストを書いてくれるかい? 卒業コンサートのチケットに付けてあげたいんだ」

「はい」

「ただね、時間はそう掛けていられない。特急のしごとになるんだが、……それでもいいかい?」

「安本先生。実はもう書き終わっているんですよ」

「……知っていたのか?」

 そんな訳はない。自分のところに来ている情報には、ここ数年は彼が賀來村美祢に接触したという情報は入っていない。

 はなみずき25との仕事でも、まるで意図的かのように避けていたはずだ。

 もしかして、自分の知らないところで二人はもう……?

 主へ対しての疑念が深まる。

「いえ、でも彼女なら。美祢ちゃんなら花菜ちゃんが帰ってきたら、そういうと思っていたので」

 だが、主の声からそんな後ろめたさは感じない。

 であるなら、彼の予想は彼女の行動を正確に予測していただけということになる。

 そんなことが可能だろうか?

 いや、それ以前に……。

「花菜が戻ってきたのは、君の功績だと聞いているよ? もしかして、賀來村を辞めさせたかったのかい?」

 一瞬の沈黙があった。

 だが主ははっきりとした口調で答えだす。


「……はい。輝いている彼女を遠くから見てるが辛くって……。僕が花菜ちゃんを焚きつけました」

 自分が想っているよりも、彼の好意は大きかったようだ。

 だとすると、少し不可解なこともある。

 佐川主と高尾花菜の接近。

 週刊誌にも取り上げられそうになった、あの事態。

 あれはどういうことだったんだろうか?

「花菜も、確か君のことを好いていると思ったんだが? 君も花菜を好きなんだとばかり」

 あまりの不可解さに、安本は何の探りもいれずに直球で質問をしてしまう。

「花菜ちゃんは好きですよ。ただ……それは、アイドルとしての彼女ですから。花菜ちゃんが僕の最推しなんですよ」

「花菜をアイドルとして好きか。……賀來村クンは?」

「美祢ちゃんは、最初に見た時から女性として好きでした」

 なるほど、彼から見てもはなみずき25の主役は高尾花菜のままだったのか。

 だとすると、あの復活劇を画策した意味も理解ができる。

 その結果、賀來村美祢がどういう行動になるのか、彼女の夢を理解していた彼ならば予測は難しくなかったのかもしれない。

 安本は、ようやく主の一連の行動に理解を示すことができた。

 ……だが待てよ?

 最後の主の言葉に、少しだけ引っかかるものが見つかってしまう。

「え~っと……僕の記憶が確かなら、君が最初に会ったのは、彼女が高校生のころだったよね?」

「ええ。……いやいや!! 最初からじゃないですよ? 思い返せば、たぶんそうだったんだろうってことで! 違うんですよ!!」

 あまりに動揺するものだから、思わず笑ってしまう。

 仮に高校生だったから、どうだというんだろう。

 こうして一人の女性の夢を実現するために、何年も想いを押し留めて、その実現に貢献したのは確かなのだ。

 もう少し誇ってもよさそうなものだが。

 変らない佐川主がそこにいて、少しだけホッとする安本源次郎がいた。

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