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三百八十八話

「美祢ぇ~!!」

「ユメさん。声大きいですって」

「アハハ! ごめんごめん」

 美祢の引退発表が、ようやく事務所サイドから発表された。

 多くのファンが嘆き悲しんでいるさなか、美祢は渋谷夢乃に呼び出された。

 夢乃とはピンチヒッターでのライブ出演以降、ちょくちょく会うようになっていた。

 ドラマで共演したり、映画に一緒に出演したり。その時々で香盤表の上下はあるが、公私ともに仲がいいことは世間にも知られている。

 そして今日も夕飯のお誘い。

 最近は、自分の発言からどうしても時間を取ることができず、久々の夢乃の誘い。

 こうして、何かあるたびに美祢を呼び出しては、何の気兼ねもない時間を提供してくれる。

 夢乃なりの気遣いが、美祢のアイドル人生には重要な意味を持っていた。

 だが、これももうあとわずかなんだと、美祢は少しだけ寂しい想いを感じていた。


「そう言えばさ、有名人」

 店について、上着を脱ぎながら夢乃は、今まで呼んだ子のない名称で美祢に話しかける。

「なんですかそれ」

 夢乃の表情と言葉から、何となく嫌な予感を受ける美祢。

「だってさ! ライブ会場で引退宣言とか! 昭和のアイドルみたいだったよ」

「……やめてください」

「いやいや、だってさ。昨日のお昼の番組見た? やってたよ、昔のアイドルとの比較」

「見ましたけど……やめてくれません?」

 夢乃が嬉々として話し出した番組。

 それを見て、美祢はなんとなく気恥ずかしい想いをしていた。

 まるで過去の偉人のオマージュをしているかのような、自分の姿。

 そして、それを見るコメンテーターの昔を懐かしむ様子。

 狙ったわけでもないのに、コメンテーターが「やっぱり、憧れみたいなものがあったんでしょうね」なんて言うものだから、世間には意外と勤勉なんだなみたいな声も出てきてしまう。

 そうではなく、本当は感情の爆発で言ってしまっただけなのに……。

 なんとなく、大先輩を巻き込んでしまったかのような申し訳なさが美祢には生まれてしまった。

 その申し訳なさを感じているのをわかっていながら、夢乃は美祢をイジりだしたのだ。


「いやぁ~! 本当にカッコ良かったよ。大先輩は違うよね」

「……」

 ここで、昔のアイドルを誉めるのは美祢の演出が合っていなかったといいたいのだろう。

 確かに、あの場で言うつもりなんてなかった。

 でも、あの時の感情に従ったのは、間違っていないと思う。

 しかし、あまりに突飛な発言であったことは確かだ。

 それを反省しろということなのだろう。

 確かに美祢にも非がある。

 あの発言のせいで、あらぬ疑いが事務所にかかったのは事実なわけで。

 悔しいが、夢乃の言葉は正しい。

 まあ、まさか自分の引退宣言にまでダメだししてくるとは思っていなかったが。

 夢乃も衝撃のタイミングで卒業発表した側ではあるが、事前に進退を伝えていた分、対応も楽であったことだろう。

 スタッフを蔑ろにしたような美祢の行動は、本来褒められるべきではない。


 ……しかし、しかしだ。

 重大な決断をした自分をこうして誘っておいて、労うでもなくダメだしから入るのは、いくら何でも厳しすぎやしないだろうか?

 少しだけ、美祢の頬が膨れていく。

「ねぇ、本当に辞めちゃうの?」

「まぁ……ええ」

「何でぇ~!? 辞めちゃ嫌だぁ~!!」

 急に泣き出した夢乃に、美祢はポカンとするしかできない。

 ついさっきまで、自分に苦言を言っていた先輩が、何故?

「もう会えないのやだぁ~~!!!」

 まるで子供のような泣き方。

 年上の先輩、しかも女優の泣き方とは思えない泣き方の夢乃にどうしていいか困惑するしかない。

「あ、あの、ユメさん? どうしたんですか一体?」

 思わず駆け寄ってしまう美祢の鼻腔に、独特の匂いが届く。

「酒くさ……ユメさん。もしかして一人で飲んでました?」

「そりゃ飲むようぉ~!! だって友達がいなくなるんだよ??」

 酒に任せて泣きじゃくる先輩。

 確かに最近は若返ってるんじゃないかと噂の女優ではあるが。

 精神年齢まで若くなってるのかもしれない。

 

 それはともかく、そうか。夢乃は自分を友達だと思ってくれていたのか。

 ということは、あの厳しい意見も本題を切りだすための枕詞のようなモノか。

 本題はもうこうして、気軽に会えなくなるのが寂しいということ。

 まったく、アイドルをしている頃より可愛くなるのは、少し反則だ。

「大丈夫ですって。私がユメさんの誘い断ったことあります?」

「無いけどさぁ~」

「また一緒に出掛けましょ? だって友達なんでしょ」

「うん! 絶対誘うから! もう毎日誘う!!」

「あ、それはちょっと……」

「美祢もレミみたいなこと言う!! 寂しい! さみしい!!」

 自分の嫌な予感は当たったが、まあ、こんなことならたまにはいいかと思う美祢だった。

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