三百八十三話
シャッフル選抜のシングル『未来のありか』に収録される5曲をファンの前で披露し終えて、メンバーたち全員がステージ裏へと帰還する。
全力の美祢の後ろでパフォーマンスをするという貴重な経験を積んだ後輩メンバーは、いつものライブと同様の疲労感を見せている。
宿木ももでさえ、肩で息をするのを隠せない。
だがフロントの3人。
美祢と智里、公佳は、まだ集中のスイッチを切っていない。
美祢たちにはまだ会場のファンたちの声が聞こえている。
ここまで沸いた会場が、このまま解散するわけが無い。
すぐに来るであろうアンコールに向けて、汗を吸い込んだ歌衣装を脱ぎ去る。
そしてタオルで汗を拭うと、ライブTシャツへと着替える。
その速度は、まるで幕間の早着替えのようだ。
それを見ていたメンバーは、アンコールがまだだと気が付いて自分たちも着替えに急ぐ。
「兵藤さん! アンコール曲は?」
会場のアンコールの大合唱が始まった。
あと数分で出ないといけない。逸る気持ちをそのままに、美祢は兵藤に確認する。
「はなみずき25の曲をやる、先ずは全員そろってあいさつで繋いでおいてくれ」
「……了解」
何故だろう?
なんで、アンコール曲を隠すのか?
だいたい、渡されたセットリストにもアンコール曲の時間を振っているにもかかわらず、曲名を記載していない。
あるかわからないからと説明されたが、そんな訳はない。
まさか、またドッキリ?
いや、はなみずき25の新曲披露でやったネタだ。繰り返すわけが無い。
やるとしたら、もっと時間をおいてやるはず。
しかし、だとしたら……?
運営側の奇妙な態度。
それが美祢から一瞬だけライブを忘れさせる。
だが、着替えを終えた智里が自分の肩を無言で振れたことで、直ぐにライブを思い出す。
そうだった。これも後輩によく言ってた言葉だった。
上の真意を測っても仕方がない。
与えられた仕事に全力を注ぐ。それがアイドルの大前提。
なら不安そうな顔を見せてはいけない。
自分の後ろには、大切な後輩たちがいるんだから。
そう想い、美祢は後ろを振り返る。
後輩たちの覚悟を決めた表情が目に入る。
あの宿木ももも、これからパフォーマンスをする曲に緊張しているかのような顔をしている。
公佳を見る。
公佳もどこか緊張している。
なぜ?
もしかして、自分以外は何の曲をやるのか知ってるのか?
「あのさ、智里?」
「みーさん、出ましょう!」
美祢の質問を拒否するように、智里が美祢の背中を押す。
疑問を残したまま、出たステージには未だ興奮が続くファンたちが待っていた。
自分たちの声で、再登場したメンバーにファンからは大きな拍手と共に声援が送られる。
「アンコール! ありがとうございます!」
MCを始めた美祢だったが、横に並んだメンバーたちの様子はおかしいままだ。
床に振ってある番号をそれとなく確認すると、さっきまでのフォーメーションではないのが分かる。
後輩の志藤星がフロントに入る数字にいる。
智里のとなりの番号にいる。
その割に、公佳のとなりにはフロントメンバーは増えていない。
MCをしながらも、美祢の頭には次に披露する曲のフォーメーションが出来上がる。
このままであるなら、次の曲は美祢と智里のWセンターとなる。
自分たちはなみずき25の曲の中から、Wセンター曲。特に智里との楽曲が候補に挙がっていく。
この5年で色々な楽曲が増えた。もちろん智里とWセンターを務めた曲もある。
だが、今のフォーメーションとは合致しない。
なんだ? 何の曲をやるの?
美祢の頭の中はまだまだモヤの中。
そんな美祢の耳に、スタッフからイントロが流れるとの指令が入る。
「イントロ乗せで曲紹介、お願いします」
そう言われたが、美祢はまだ混乱していた。
流れてきたのは、何故か『花散る頃』なのだ。
自分が一番大好きな楽曲。一番大事にしてきた楽曲。
花菜とのWセンター曲が、何故か流れている。
美祢は固まったまま動けない。
「みーさん! アンコール、全力で行きますよ!! 『花散る頃』!!!!」
フォーメーションに入ったメンバーたち。
智里はまだ自分のとなりにいる。
「な、なんで……?」
美祢の声をマイクが拾う。
その声は、どこか泣いていた。
智里がすまなそうな笑顔を美祢へと向ける。
そして思い出したのだ。
花菜と『花散る頃』を披露した時、番組はドッキリ企画だった。
『メンバーにも内緒で猛特訓! 『花散る頃』を踊っちゃおう! 大~作~戦!!!』
美祢の頭の中で、最近のドッキリ企画の題名が呼び起こされる。
あの時の仕掛け人。
「そ、そういうこと……?」
美祢の消えそうな声に、智里は確かにうなずいた。
美祢は涙を抑えながら、全力の『花散る頃』を踊りだす。
智里が踊っている。
大事な後輩の智里が、自分の最も愛した楽曲を。
『花散る頃』を踊っている。
自分のアイドルのゴールがそこにはあった。
まだまだ先だと想っていた、幸福なはずのゴールが。
だが、もしかしたら……。
美祢は自分の決意とは逆の、一縷の望みに賭ける。
智里の姿を見て刺激された、目と心に力を込めて、踊り慣れたステップを踏み始める。




