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三百八十二話

 新曲を披露する美祢の視界に、後ろで踊る後輩たちの姿が時々映る。

 美祢の無自覚のプレッシャーにも耐えながら、開演前に言い聞かせた笑顔を見せている。

 何て頼もしい後輩たちだろうか。

 なんて自分は恵まれているんだろうか?

 たった一夜のステージに、ここまで全力を注げるアイドルたちが自分の後ろにいてくれる喜び。

 美祢はそれを全身で浴びてた。

 美祢の後ろで踊る後輩たちに、必死に自分の声を届けようとコールを続けるファン。

 それに応えようとする後輩の顔。

 

 自分がアイドルになったころに、こんな光景を見れるなんて思っていなかった。

 前で踊るメンバーが、ただただ羨ましかった。

 自分ほどの決意も持っていないのに、ただ大人たちに言われたからとアイドルをやっていたスカウト組。

 それに遠く及ばない自分の存在。

 なんて無力で愚かなアイドルなんだろうかと、折れそうになる自分を必死に支えることしかできなかったあの頃。

 その頃には想像もできていなかったほどの光景が、今、目の前には広がっている。

 それを想えば、自分はもうアイドルを辞めるべきなんだと思う。

 望まれた位置にいるという重圧も理解でき、それでも自分の望む夢をかなえられた。

 花菜のとなりで踊るという、一世一代の夢を叶えることができたのだ。

 そしてそんな自分の言葉を後輩たちが真剣に聞いてくれる。

 なんて幸せな時間なんだろう。

 もう夢を叶えてしまった自分が望むのは、後輩たちの幸せな未来しかない。

 彼女たちが何を夢見ているのかまでは知らないが、それがアイドルをするという原動力なのは間違いがない。それの一部でもいい、手助けできるところにいる。

 ならば、自分がアイドルを続けることで、彼女たちを助けることができるならそれ以上望むことなのどない。

 だから彼女たちがいつか披露する『花散る頃』を見たら引退しよう。

 たぶんそれは、智里になるだろうけど。

 あの智里が後輩を率いて披露する『花散る頃』なんて、そんなの見たら満足以外ないのだから。

 あの誰よりも自分の暴走に耐えてきた彼女が、智里がセンターをする自分の大好きな曲。

 それを現役の内に見ることができたら、もう何もいらない。

 アイドルを引退したら、その先の芸能生活なんてたぶん蛇足になってしまう。

 幸せのまま、夢の時間を終わらせてしまおう。


 シャッフル選抜の表題曲『未来のありか』をパフォーマンスしながら美祢は、自分の行く末に想いを馳せていた。

 いつか訪れる自分というアイドルの終幕を考えていた。

 この曲が未来に不安を抱えながら、立ち上がる少年が主人公だからだろうか?

 美祢はその主人公の不安に共感しながら、自分を重ね答えを出してしまった。

 後輩が踊る『花散る頃』。

 それを自分の夢の終着点としたのだ。

 それも、自分の一番の後輩。矢作智里が踊る『花散る頃』と決めた。

 美祢の頭の中に、智里と出会った頃のことがリフレインしてくる。


 まだ世間にも自分というアイドルが十分に認知されていなかったころ。初めてできた後輩を率いて別動隊のアイドルグループに参加した。

 まだ、自分の中にも明確なアイドル像がないにもかかわらず、後輩に「アイドルとは」を教えないといけないという不安。

 それが顔に出ないように、必死になることしかできなかった。

 ダンスに没頭することで、必死になることで、自分が言葉にすることを避けていたのだ。

 自分にもわからない「アイドルとは」という命題。

 それを勝手に見つけてくれたならなんて、そんな卑怯な自分を一括してくれた智里の言葉。

「あんなのアイドルのダンスじゃないじゃない」

 その言葉に図星をつかれていたのだ。

 ただダンスに逃げていただけだと見抜かれていた。

 まるで自分の方を見ろと言われているかのようだった。

 明確なアイドル像を持っていた智里からの視線。それは美祢にとって何よりも大切なものになっていた。

 彼女が自分をアイドルだとみてくれている。それが何よりも大事な判断基準。

 後ろから自分の行く先を照らしてくれる光。

 それが矢作智里だ。

 だから、自分の引退という行く先を決めるのも、矢作智里であってほしい。


 そんなことを想う美祢のとなりには、必死に自分の仕事に集中する智里がいた。

 全力で踊る美祢の余波を後に伝えないために、美祢だけではないのだと存在感を見せないといけない。

 特別なアイドルをメンバーに仲間の一人だと思わせる仕事。

 それは並大抵の労力ではない。

 ファンの見るセンターの輝き損なわせないよう、曲の世界観を維持しながら、後ろにいるメンバーには美祢のパフォーマンスに魅入らないように語り掛ける。

 それでいながら、自分のアイドルの姿勢は崩さない。

 賀來村美祢というアイドルのとなりにいる時間が、智里に特別な能力を与えたのかもしれない。

 だが、今日はいつもよりも楽ができると智里は美祢を挟んだ向こう側を見る。

 匡成公佳が、自分の役割の半分を受け持ってくれている。

 公佳を見ながら智里は思う。

 あの自由奔放な少女が、こんなにも綺麗で立派な女性になるとは。

 公佳の活躍は、智里の目にも映っていた。

 特に美祢を思わせる魅力を発揮する『双月』『双陽』の4人をうまくコントロールして見せるステージ上の公佳は圧巻だ。

 佐川綾の暴走も宇井江梨香の感情の波も乗りこなし、小飼悠那の涙を引き出し、徳久美瑠久の見せるメンバーの幻影に付き合う。

 まるで美祢と付き合う自分を客観視させてくれているかのようだ。

 公佳が実践してくれるから、自分もできると信じられる。

 自分の反省を公佳が活かしてくれるから、改善点が分かりやすくなった。

 グループは違っても、公佳が仲間で良かったと智里は思う。

 そんな公佳がフロントに立ってくれるから、今日できる。

 そう今日しかない。

 自分が、矢作智里が賀來村美祢のとなりで『花散る頃』を披露できる。

 

 もう、その時は間近に迫っていた。

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