三百八十一話
ライブが開演すれば、メンバーの杞憂など関係ない盛り上がりで出迎えられる。
誰もが君を待っていたんだと、声を出してくれる。
そんなファンのみんなの笑顔が、メンバーに勇気をくれる。
なるほど確かに『笑顔は魔法』だ。
メンバーも返礼するように、会場に向けて笑顔を返す。
自分たちの笑顔も誰かに何かを与えられると信じて。
美祢のMC中、メンバーは会場に散らばる自分のファンを探す。
自分という何者になれるかわからないアイドルを応援してくれる、奇特で大切な人達。
自分たちに返せるものは多くは無いが、せめて自分へのレスは確実に返しておきたい。
開始直後のわずかな時間で、自分へのメッセージを探しておかなくてはいけない。
「じゃあ、早速ね! 曲に行っちゃいましょ~か!!」
「おおおおぉぉぉぉ!!!」
一通り話を聞けたと判断したスタッフは、美祢に曲を呼び込むように指示を飛ばす。
それに応えた美祢は、メンバーに視線を配る。
大丈夫そうだ。
程よく緊張の乗った、良い笑顔が並んでいる。
今日のライブは、特別良いことが起こりそうな予感が美祢にはあった。
普段は一緒にいられない後輩たちと並ぶステージ。
頼りになる仲間たちとのステージ。
美祢はテンションを上げてながらも、抑えた声をマイクにぶつける。
「それでは聞いて下さい。『未来のありか』!!」
流れ始めたイントロ。
ゆっくりとした音の流れから始まるミディアムバラード。
美祢の今のテンションとは違う、ゆっくりとした曲が美祢の声を待っている。
だが美祢も10年選手のアイドルだ。曲の世界観の邪魔にならないよう声を抑えながらも、声に乗せられないテンションをダンスへとぶつけていく。
最初の曲だというのに、美祢はもうすでに全開のダンスを始めている。
後ろが後輩たちだというのに、いや、もうそんなことにまで美祢の気がまわっていないのは明らかだった。
智里たち美祢をよく知るメンバーは、こうなることを予想していた。
柄にもなく緊張を口にする美祢。やけにメンバーとの会話を持とうとする姿。
それは、今はなりを潜めているが、本来の美祢の姿に近い。
かすみそう25が結成した当初の美祢の姿がそこにはあった。
智里はダンスのふりを利用して、公佳へと視線を送る。
公佳もステージ上の笑顔ではあるが、智里には分かるように表情を変える。
まったく、みーさんは仕方がないんだから。そう言って笑っているかのようだ。
そう、仕方がない人だ。
あの頃のように誰がとなりでも関係ないというような、暴力的とまで言える魅力を振りまく姿。
抑えきれないテンションをそのままに、パフォーマンスする姿。
あの頃と一緒だ。
あの頃の賀來村美祢が、この瞬間に帰ってくる。
そんなのわかり切ってたことだ。
だって、この人は面白そうなことに目がない。
後輩がライブで実力をつけてきた時、その後輩を自分が引っ張ってきたという快感に襲われたとき。
無音の中で、完璧なパフォーマンスをすると決意した後輩アイドルの顔を見た時。
彼女はもっとだと煽るためにテンションを上げるのだ。
自分は無意識に、観客ではなくメンバーを煽るのだ。
付いて来いと、もっと自分に魅力を引き出させてくれと。
あの頃、恐怖していた美祢の魅力。
メンバーさえも魅了してしまうほどの魅力。そんなの当たり前なのだ。
だって、美祢は今この瞬間、ダンスを通してメンバーに語り掛けているんだから。
もっとあなたたちはできるでしょうと、もっとあなたたちは魅力的なんだからと語り掛けているのだ。
じゃないと、会場の視線は私が貰っちゃうからねと言っているんだ。
なら、自分たちがすることは一つしかない。
智里は公佳ともう一度視線を合わせて、パフォーマンスのギアを上げる。
今の美祢に対抗するためにすることは一つしかない。
美祢と共に、自分たちのパフォーマンスの限界を引き上げるしかない。
あの時、『花散る頃』を踊った高尾花菜のように。
この人のとなりを踊るのは、簡単だけど簡単じゃない。
逃げない覚悟と全力を出し切る決意。
この場所に一緒にいることを全力で楽しむことだけを智里は決意する。
それは公佳も同じだ。
最後列の後輩たちに、アイドルが楽しむ姿を教えるために。
この世代も、グループも違う18人が集まる最初で最後のステージ。
それを全力で楽しむということが、どういうことなのかを教えないといけない。
どうか、その目に焼き付けて欲しいと願いながら。
もう、こんな姿は見ることはできないんだから。
賀來村美祢が、本当にアイドルを楽しむ瞬間なんてこの先には存在しないんだから。
はなみずき25の三期生にも知ってほしい。
今までの賀來村美祢が、どうしてここまでじゃなかったのかを。
あなたたちの見てきた賀來村美祢は、いったい何だったのかを少しでも疑問を持ってほしいと。
賀來村美祢というアイドル人生が何に捧げられていたのかを知ってほしいと。




