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三百八十話

 先輩たちとの語らいに時間を使ったおかげで、後輩メンバーたちは選抜グループにも慣れて、士気が高いまま活動に専念できていた。

 その間、はなみずき25とかすみそう25の両グループは、主力級のメンバーが居ない状況になったが、その穴を埋めるように台頭するメンバーが生まれた。

 ただの人気グループのメンバーではなく、タレントとして地力をつけるいい機会となり、それが両グループの力ををより一層高める結果となった。

 ただ、はなみずき25のファンは、美祢が新シングルの期間に活動が抑えられたことに少しの不満を漏らす。新しい魅力を発掘されたメンバーより美祢という、まばゆい光に吸い寄せられてしまうのは、もはや習性と言っていいのかもしれない。

 そんな一喜一憂の期間を終え、はなみずき25とかすみそう25のシャッフル選抜のシングル『未来のありか』が発表された。

 美祢を中心に、両グループの人気メンバーが集められた新しいユニット、『ナイト・ブルーム』。

 夜にしか咲かない、わずかな間しかその魅力を見ることのできない、月下美人になぞらえて名付けられた期間限定のグループ。

 その名前を聞いたとき、誰かは言った。

 まるでアイドルそのもののようだと。

 限られた期間にしか名乗れない、選ばれたものにしか名乗れない職業。

 その花が最も輝く瞬間。それを目に焼き付けようと、誰もが心に誓っていた。

 もしかしたら、ファンも何かを感じとってしまっていたのかもしれない。

 美祢の思考にこびりついた言葉を。智里の決意の果てに何かが起きるのかもしれないと。


 円陣を組む『ナイト・ブルーム』がそこにいた。

 シングル曲のお披露目ライブ。

 会場はもう満員だ。唸り声のようなファンの期待の声がステージ裏にも響いている。

「みんな、自分のグループの活動制限してまで練習してきたんだから、絶対成功させるからね!!」

 美祢はそのステージ裏で後輩たちを前に檄を飛ばす。

 いつもとは違うメンバーによる特別なライブ。

 成功させることを義務付けられた緊張の一夜。

 リーダーを任された美祢でも少し緊張をうかがえる。

「はい!」

「みんながここにいる、それがどういう意味かわかっているよね?」

「……はい!」

 美祢の言葉でメンバーの表情が変わる。

 そう、この場にいるアイドルは選抜という関門を潜り抜けてきた者だけ。

 どれほど出たいと願っても、叶わなかった人がいる。

 それを意識してしまえば、何人かは表情を固くしてしまう。

 なぜ自分が選ばれたのか?

 何故あの娘じゃなかったのか?

 そんな疑問はいつまでもぬぐえない。どうしても心の片隅にコールタールのようにへばりついて剥がれない。

 選ばれたことが不満ではない。

 でも、どうして選ばれたのか。それを明確にしたい気持ちは捨てきれないのだ。


「みーさん、みんな委縮しちゃうから」

「え~~!? そんなことなくない?」

「あの、みーさん。ウチの新人ちゃんもいるから」

「あ~~……」

 智里と公佳の指摘でかすみそう25の三期生の4人の顔を見る。

 そう、この中で一番自分が選ばれたことに疑問を持っているのは、この4人なのだ。

 はなみずき25の先輩メンバーでもなく、かすみそう25の先輩メンバーでもない。

 なぜ自分たちがここにいられるのか?

 ファンのみんなはそれを望んで、いや、受け入れてくれるのか?

 そんな不安はどれだけレッスンをしても無くなってはくれない。

 そして、ついついエゴサをしてしまう。

 もちろん、自分が選ばれたことを喜んでくれる言葉もある。

 だが、自分の心境と似た言葉が印象的になってしまうのも仕方がない。

 ファンの『なんであのメンバーじゃないの?』と、気軽な言葉にさえ刺された様な痛みを感じる。

 たぶん、自分がそれを一番疑問に感じているはずだから。


 暗くなった円陣。そこに明るい声が通る。

「ほら、美祢。いつもの言ってあげてよ」

「え?」

「私、あの言葉大好きなんだ」

 ももに促されて、美祢は戸惑う。

 ついさっき、後輩を委縮させた自分の言葉。

 智里の背中で繋がれたももの手が、すこしだけ震えている。

 そんなももが笑顔で、いつもの自分に戻れと言っている。

「はぁ~……。ごめんみんな、私が一番緊張してたみたい」

「久しぶりのリーダーだもんね」

 ようやく公佳の顔を見た美祢に、公佳は笑顔を返す。

 それは美祢が教えたことだから。

「そうだった。みんなに大事なことを伝えてなかったね」

 美祢は大きく息を吸い込んで、注目した後輩たちに大事な言葉を伝える。

「みんなの笑顔は魔法だからね」

 その言葉が馴染んでいるメンバーは、クスクスと笑い始める。

 美祢の真剣な笑顔と先輩メンバーの笑い声。

 それが一番の後輩たちの緊張を弛緩させる。

「みんなの笑顔は、誰かの特別なの。だからどんな気持ちでも、笑顔は見せないとダメだからね」

 美祢の語りが始まると、さっきまでの笑い声も収まっていく。

「笑顔ならどんな状況でも、少しだけ良くなったって思いこむことができるから、笑顔は忘れちゃだめだよ」

 その美祢の言葉に、先輩たちはいつものステージの顔に戻っていく。

 アイドルの笑顔に。

「がんばろー!!」

「はい!!」

 先輩たちの笑顔につられるように、一番の後輩たちも笑顔を見せる。

 その顔を見て、美祢は素っ頓狂な声を上げてしまう。

「あっ!」

「どうした?」

「このグループの円陣のフレーズ、考えてなかった……」

 美祢の残念そうな声に、大きな笑い声がかぶさっていく。

「だから、いつものいつもの!」

「あ~あ、……じゃあ行くよ? 『笑顔は魔法』!!」

「『笑顔は魔法』!!!」

 ようやく心にへばりついた何かは少しだけ晴れた気がした。

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