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三十八話

「あの、水城さん……でしたっけ? 何でここにいるんですか?」

 アイドルカーニバルの翌日。主の本業、看護師の仕事場である病院になぜか水城晴海がいた。

「何でって、好きな人の職場ってみてみたいじゃないですか? だから来ちゃいましたぁ!」

 なんとも少女らしい笑顔で水城は答える。

「あの、できれば来てほしくなかったですね、特にその制服で」

 水城の来ていた制服、主の職場の割と近くにある高校の制服を着ていた。

 主自身はその所在地までは知らなかったが、近いことは知っていた。同僚の子供が通っているとかで何度か同じ制服の写真を見せられたことがあるからだ。

 そして、先ほどその同僚は主たちの横を通り過ぎていったばかりだ。

「え、でも男の人って制服好きですよね?」

「全員が好きなわけではないですし、時と場合とシチュエーションにもよるかと」

「そっか……先生はお好きですか?」

 何度も横を同僚たちが通り過ぎていく。職員の玄関でヒソヒソと何やら話しているがいい話ではないだろう。


「あの、取り敢ず高校の近くまで送りますから、車に乗ってくれます? ここじゃ本当にきついので」

「え? ドライブですかぁ? うれしい!」

 水城はその長身を器用にくねらせ、少女らしい反応を見せる。しかも誰に学んだのかやけにアザトい仕草も慣れないながらも一生懸命見せてくる。

「ところで誰に聞いたんですか? 職場のこと」

「先生? 情報提供者は言わないのが鉄則なんですよ?」

「どこの刑事だ、まったく。……お、良かったぁ~。高校近いんですね。これなら仕事に間に合いそうだ」

 エンジンをかける主に、助手席に乗った水城が文句を言う。

「先生! 私とのドライブより、仕事のほうが大切ですか?」

「そりゃそうでしょ。水城さんもアイドルの仕事があったらここに来てないでしょ?」

「むぅ~~!!」


 むくれる水城を見て主は思わず凄いと思う。

 あの男装の麗人であったアイドル姿と、今の水城の姿に大した違和感がない。

 主を前に取り繕って居るのだろうが、それを自分のキャラクターに無理なく落とし込めている事実に主は素直に驚き、感心してしまう。

 乗車中、水城は執拗に主への質問を繰り返してくる。食べ物は何が好きなのか? 看護師とはどんな仕事なのか? どんな女性がタイプなのか。無言の空間が苦痛ではないが、ここまで必死に聞かれては答えないというのもいささか大人げない。仕方なくポツポツと答えていると目的地が見えてくる。

 水城の通う学校近くに車を止め、水城のほうに顔を向ける。

「あの、正直好意はうれしいですよ? 君みたいな美人なかたに、好きって言ってもらえるのは。でもなんて言うか、年齢差とか社会的地位の差とか考えたらそれを素直に受け入れられないってわかりますよね?」

「ん~、つまり好きかもしれないけど付き合えないってことですか?」

「ちょっと違いますけど、そんなところです」

「先生」

 そう言って、水城は両手で主の顔を自分のほうへと引き寄せ、向きを変える。

「ちょっ!」

「先生? 先生が応えてくれないから好きでいちゃダメって、おかしくないですか?」

「お、お、おかしくは無いだろうけど、好きなら何でもしていいって話でもないんじゃないでしょうか?」

「例えば?」

「職場に来ることもですし、今こうしていることもですよ!」

 そのまま引き寄せられそうになるのを何とか阻止しながら主は訴える。


「だいたい、なんでそんなに好きになったんですか? きっかけも無いのに好きだと信じろって無理ですって!」

「だって、私初めてだったんですよ?」

「え!?」

 心当たりのない告白に主は動揺してしまう。

「私のこと普通に可愛いって言ってくれたじゃないですか? 初めてなんです、あんなこと言われたの!」

 水城は男装アイドルになる以前から、その身長と容姿が相まって女性人気が断トツで高かった。

 学校内のアンケートでは、彼氏にしたい生徒第1位に選出され、共学にもかかわらず何度も女子生徒から告白されてきた。

 男子生徒には見向きもされず、ただただ女子生徒の中で異物として扱われる日々を過ごしてきた。

 そしてアイドルになった後もそれは続く。いや、アイドルになってからのほうがそれは過激化している。ファンレター、握手会。メンバー内の恋愛事情。全てにおいて水城晴海は男の役割を押し付けられてきた。それに違和感が無くなるくらいの時間を過ごしてきた。

 それ故、女子としての願望を捨て、男装アイドルとして使命を全うしようとまい進してきた。

 それなのに、自分を可愛いと言ってくれる。女子として扱ってくれる存在に出会ってしまったのだ。

 水城晴海の中で沈黙し続けていた乙女心回路が、熱暴走したとして誰が咎めるだろうか?


「あの、俺が咎められるって話なんだけど!?」

「え?」

「あの聞いてほしいんですけどね? 仮に君の想いに応えたとして、こっちは未成年とのやましい関係ってことで最悪逮捕もあるんですよ? 仕事無くなるの。わかりますかね?」

 主の顔を離した水城は、両の手を合わせポンと打つ。

「だったら、私が養うって手もありますよね?」

「あのね、アイドルだって続けられないと思いますよ? 男性関係の不祥事ですから」

 その言葉に水城は怒った顔を見せる。

「先生! なんでアイドルだからって恋愛したら不祥事なんですか!? 好きな人ぐらいできますよ! なんでダメなんですか!? 私、その理論好きじゃありません!」


 そう、アイドルとは言え人が就く職業だ。それに就いているとしても本来であれば、誰かに恋をすること自体咎められることはないはず。

 なのに、アイドルだけが恋愛感情を表に出し、行動することが不祥事であると言われる。

 それはなぜか? アイドルは商品だからだろうか? 人に奪われた心を持つ人間は他者の応援の対象ではないからか? 人によって答えは様々だが、それは見方の違う誰かに反証される。

 アイドルである前に人なのだから。その事実は動かすことはできない。

 だが、もう一つ確実に言えるのは、裁かれた前例があるから裁かれるべきであるという考えは否定できない、だ。

 前例の時に反対していなかったのに、今はするのか? 都合のいい時だけ前例を無視するのか? そう言われてしまえば、おそらく大多数の人は口を閉じなくてはいけない。

 主もその一人だ。答えることはできない。

 黙って助手席のドアのロックを外し、降りることを促す。

 渋る水城を視線で促し、水城が後ろ髪引かれながら登校するのを見送る。


「……なぜだろう?」

 答えの出ない問は、車内の空気を少しだけ重くした。

 そして主はその日無断欠勤をすることになった。

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