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三百七十九話

「ごめんなさい! 遅くなりましたぁ~! ……ん? どうしたの星?」

 遅れてきた智里が、シャッフル選抜のレッスンが行われているレッスン会場の空気の異変に気が付いた。

 手ごろな位置にいた志藤星に、その理由を聞いたが星の反応は無い。

 まるで、何かこの世のものではない何かを見たような戦慄の表情を浮かべている。

 智里は星の視線の先をみる。

 そこにいたのは、美祢と公佳、そしてももだ。

 一見何の問題も見えないあの三人に、星の、星だけではない、この場の視線が注がれている。

 だとするならば、この空気の原因は間違いなく美祢だろうと智里は経験上の判断を下す。

 普段人の良い先輩なのに、何かをきっかけに簡単に後輩を引かすのはあの人の悪いくせだ。

 まったく! 今度はいったい何をやったのか?

 智里はため息交じりに歩を進める。


「みーさん! 今度はいったい何言ったんですか? ……みーさん?」

 智里の声に美祢は反応を返してこない。

 いつもであれば、その尖った空気を自分に向けてくるはずなのに。

 智里が美祢の顔を覗き込むと、美祢が星たち後輩たちと同じ表情をしている。

 何故?

 もしかして、公佳か?

 智里の目には公佳も驚いた表情をしている。

 種類は違うが顔を紅くして、手で口を覆い隠している。

 そんな珍しい公佳の表情。

 だとすると……?

 智里が目を向けると、ももは照れたような、焦ったような表情のまま身の置き所なくもじもじとしている。

「あ……っれぇ~? どういう状況?」

 智里の目にはまず見ることのない、奇妙な空間が出来上がっている。


 ◇ ◇ ◇


「はぁ、なるほど……キミの言葉を素直に受け取れず、テンパって思いの丈を口にした……っと」

 ことの経緯を聞かされた智里が、冷静にももの肩を叩く。

「それは、ももちゃん先輩が悪いです」

「なんでっ!?」

「だって、他人の好意を受けるのが仕事なのに、信じられないなんて……ファンの声も信じませんか?」

「あぅ」

「でしょ!?」

 智里のもっともな言葉に、ももは口を閉じるしかない。だが、すべてを知った美祢がフォローに入る。

「智里、もうそれぐらいにしてあげて……あんなに可愛くなっちゃうぐらいテンパってたんだし……」

「もう! 笑わないでよ!!」

 美祢や智里、公佳にももという先輩メンバーの砕けた様子。

 それをはなみずき25とかすみそう25の若いメンバーは羨ましそうに見つめている。

 なんとかそれを悟られないようにと、平静を取り繕っているが自分も混ざりたいと視線は雄弁だ。

「なんかさ、せっかく集まったんだし、ちょっとみんなでお話ししようか?」

 美祢が後輩たちを呼ぶ。

 まるで、それまで気が付いていないような雰囲気を出してはいるが、先輩の許可が出たことに大きく尻尾を振っている後輩しかいない。

 

 見かけてはいるが話す機会がなく、ようやく美祢と話す時間が出来たと喜ぶ『双陽』の二人。

 常々パフォーマンスについて意見を聞きたかったと『双月』の二人は、ももの元へ。

 はなみずき25の三期生の右馬敦海と佐介心優は、智里を介して公佳に美容法などを聞いている。

 かすみそう25の三期生、佐川玲と茂賀田瑠璃もかたるりは新人の年少組ということもあり、遠慮がちに先輩たちの座組の外にいたが、美祢に呼ばれて美祢のそばに腰を下ろす。

 その様子を見ていた、かすみそう25の三期生の年長組の二人、植野えなうえのえな里永柚希さとながゆずきもそれぞれ、普段交流の持てない智里や美祢のグループに合流していく。

 出遅れた志藤星と宝子山珠美も、美祢ともものグループに合流を果たす。

 ようやく選抜メンバーが一塊になったかと思えば、そうではなかった。

 馬場優華と仰木優希は、集団形成に臆して動けないでいた。

 そしてお互いの目をみて、シンパシーを感じたようにレッスン場のスミでまとまってしまった。


 18人の急造グループ。

 互いのグループでは、何となく自分の役割がある。

 それはグループという単位の中でも、それを形成する最小単位の一つとして重要だ。

 それがない状態では、まとまろうにもまとまらないモノだ。

 旧知の先輩メンバーだけでまとまらず、後輩を引き入れたことでそれが形成し始めていた。

 レッスンが本格的に始まるわずかな時間。

 かつてリーダーとして出来ていなかった役割を、美祢は知らず知らずのうちに行えるようになっていた。


 ダンスチームのトップは、それを注意もせずに眺めている。

 憧れの先輩たちとの交流に緊張気味の新人たち。

 自身の悩みに忠実な中堅勢。

 普段は胸の内にしまっていた何かを口にできる貴重な機会。

 少々開始が遅れたとしても、大丈夫だろうとリョウは時計から目を離す。

 あと何回あるかわからない、貴重な交流の時間。

 もしかしたら最後になるかもしれない先輩との語らいをリョウは静かに見守る。

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