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三百七十八話

「なんか、懐かしい気がする」

 美祢が後ろを振り返り、一言こぼす。

 そこに広がっているのは、今までにない布陣のメンバーたち。

 美祢が立つのは、シャッフル選抜のセンターポディション。だが彼女の目には、何故か懐かしい光景のように見える。

「まあ、美祢は古巣の後輩もいるしね。私は緊張しかないけど……」

「ももちゃん。……今回も後ろをよろしく」

「はいはい。何とかやってみますよ。……センターは任せた」

「うん」

 宿木ももは、真剣な表情で後輩たちを見ていた。

 彼女がこの場にいるのは、彼女のこれまでの活動を評価されてのことだ。

 

 宿木ももは、メンバーにもファンにも『ダンス職人』と呼ばれている。

 アイドルグループでダンスに長けたメンバーをダンスメンと呼ぶのとは、少しだけ意味が違う。

 彼女は職人。グループのパフォーマンスの最低保証のために居る。

 ももが評価されているのは、三列目にいる時に最も評価を受ける。

 三列目という目立たない場所で、最もカメラに抜かれやすい中央。そこがももの定位置。

 左右に後輩を率いてダンスを苦手としているメンバーも、はなみずき25のアイドルであると知らしめる仕事。

 それがももに求められている仕事だ。

 タイミングも移動も、ももが三列目を統率している。だからより美祢やフロントメンバーは作品に入り込んでいるように見える。

 そんなことを気にするアイドルは稀だ。

 だがももがいるお陰で、作品としての押し上げられているのを多くのファンが認知している。

 

 そして、そのことを知り意識しているアイドルもいる。

「宿木先輩、期間中宜しくお願いします」

 かすみそう25から選出された匡成公佳が、美祢のとなりにいるももに深々と頭を下げる。

「匡成さん。……年近いんだしタメ口でいいよ?」

「いいえ! そんなとんでもない!! 尊敬する先輩にそんなことできないです」

「尊敬って……美祢、これってイジられてる?」

 ももと公佳のやり取りに美祢はお腹を抱えて笑っている。

「いや、ももちゃん。本気なんだ、それ」

「っえ?」

 美祢の言葉を受けて公佳の顔を見るもも。

 公佳の顔がうっすら紅くなっていることに気が付く。

「え? なんで? 私より人気じゃん……」

 公佳の反応を見て、ももの頭に疑問符が浮かぶ。

 匡成公佳と言えば、多方面で活躍するアイドルらしいアイドルだ。

 その知名度は宿木ももを大きく飛び越えて、各メディアに浸透している。

 

「え~……ハズいんだけど」

 自分のほうが先にデビューしていて、結果で言えば公佳のほうが圧倒的に上という現状。

 何より、ももにはもっと違う感情もあった。

 宿木ももは、誰よりも匡成公佳を尊敬しているのだ。

 はなみずき25の『ダンス職人』として認知されたのは、何を隠そうこの匡成公佳の存在が大きい。

 ももが考える、真にパフォーマンスの最低保証を最大限担保できる人物。

 それが匡成公佳というアイドルだのだ。

 初めてももが公佳を認識したのは、かすみそう25の二期生が本格的にグループに合流して楽曲を披露したころ。あの時は一期生全体で二期生を押し上げ、支えるためにカメラから自分たちを消すという離れ業をしていた。

 だがそれは、その時いた美祢やほかの一期生の成果だと想っていたのだ。

 だが違った。

 それからの匡成公佳の経歴も異常なのだ。

 MVでもそれほど目立つ位置にはいない。印象的なカットも物凄く少ない。

 ライブパフォーマンス中でも抜かれるカメラに後輩を引き寄せるという行為を平気で行うのだ。

 公佳が前に出るのは、カップリングやユニット曲しかない。

 それでいて、グループの重要な仕事には必ず選ばれ役割を全うする。

 公佳がかすみそう25の『影のエース』と言われる所以だ。

 その誰でも振り向かせてしまうような容姿、高い身長に女性らしい曲線を残した均整の取れたスタイルを持ちながら前に出ることを優先しない献身性。

 その在り方もその姿も、ももの憧れに最も近いのが匡成公佳なのだ。


 初めて憧れた同年代の女性アイドル。

 そんな公佳が、よりにもよって自分を、公佳の二番煎じを尊敬しているというのだから、ももに信じることができるはずがない。

 だがどうだろう?

 公佳の表情がそれを否定する。

 自分の尊敬するアイドルが、自分を尊敬していると本気で言っている。

 あふれ出てしまいそうな喜びと、自分のほうが相手を尊敬しているのにというジレンマがももの思考をバグらせる。

「わ、私の方が公佳ちゃんのこと好きだもん!!」

 思わず叫んでしまった声は、その場にいた後輩たちを振り向かせる。

 まるでファンが紛れ込んだかのような言葉に、場の空気が凍る。


「……ち、違うの。ああっ! そうじゃなくって、違わないのが違うって言うか」

 10年の付き合いのある美祢すらも、そんなももの姿に凍っていた。

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