三百七十七話
ある日のレッスン。リョウは智里のダンスを見ながら唐突に言った。
「智里ちゃん。あなたの『花散る頃』の披露……今度のシャッフル選抜のお披露目にするから」
「リョウさん」
「何?」
「それって、私に言っていい情報なんですか?」
リョウの考えを聞いた智里は、少々呆れた顔をリョウへと向ける。
確かまだ、シャッフル選抜に誰が入るのかは決っていないことになっている。
もちろん運営サイドの意向はあるだろうが。それでもまだ発表間もない、話題の選抜人員についてリョウのような運営サイドの人間が口にして良いものではない。
「あら? 自信ないの?」
「私は選ばれると思ってますよ。これまでの活動とファンのみんなの応援がありますから」
智里のファンは、新規2割、夢乃の古参ファンの一部、かすみそう25からの古参ファンと箱推しの一部を取り込み、それなりの人数がいる。
彼らが掲げる白いサイリウムは、会場の一角を埋め尽くすほどになっている。
その彼らに自分の活躍を見せる事。そのためにプライベートな時間を削り、こうしてダンスや歌唱のパフォーマンスを向上させようとしている。
それは賀來村美祢と同じ道。
知らず知らず、智里が歩く美祢の後塵。
圧倒的なパフォーマンスで、観客を沸かせ、その笑顔で会場を照らそうとする今までの活動。
智里はその活動に絶対の自信を持っていた。
誰よりもあの美祢のとなりにいたという自負が、シャッフル選抜という企画でも必ず選ばれると智里の顔を上げさせる。
だが、それとこれとは話が違う。
現状でメンバーにそれを言っていい立場にいないことをリョウに注意しているのだ。
「私はね、この企画のセンターはやっぱり美祢だと思う。だからそのとなり、一番被害を受ける場所はあなたとかすみそう25の一期生が務めると思うわ」
「あの……リョウさん。聞いてます?」
智里の苦言もリョウは気にする素振りもなく、自分の中にあるシャッフル選抜のフォーメーションを口にする。
一応智里は確認するが、聞いていないのは明白だった。
「後ろには後輩メンバーが多くなるでしょうね。三列目の端には注目株の新人が入るからかすみそう25の三期生が入るのは確定」
「あの、かすみそう25の三期生に『花散る頃』が踊れるんですか?」
「あの曲は後ろに行けば行くほど簡単になるのは知ってるわね?」
「簡単って……それはある程度の実力があって言えることで」
「あなたは、後輩を信じていない訳ね?」
「そうは言いませんけど、難易度的にはそれなりですよ?」
「大丈夫、ちゃんと仕込むから」
はぁ、もう何を言ってもダメかと智里はあきらめる。
旧振付師の本多忠生最期の作品。『花散る頃』の振り付けはセンターの技巧だけではない。
センターを映えさせるための仕掛けは随所に配置されている。
それを十分に機能させるためには、相当なパフォーマンス力を求められる。
それをアイドルとは言え、新人に求めるのは少々酷な気もする。
それほど面識もない、古巣の後輩たち。
彼女たちの最初の苦難にしては厳しい気もする。
そんな後輩を心配する智里の目には、どこかリョウが焦っているようにも見える。
なんで、はなみずき25の楽曲である『花散る頃』をシャッフル選抜の場で披露しないといけないのか?
そもそもはそこだ。
何故リョウはこうも急ぎたがるのか?
そんな訳はないと、智里は目を閉じる。
おそらく、リョウの頭のどこかにある予感と自分の感じている予感。
それはきっと同じものだ。
美祢と親しくしている者にはきっとわかる。
もう美祢がアイドルとしていられる時間は、そう長くはない。
あの眩しいぐらいに輝く、大きな大きな一等星はその役割を終えるつもりだ。
そんな予感をきっと何人もの関係者が感じている。
きっとリョウも同じなんだ。
だから、かすみそう25の三期生も選ばれるとわかっていながら、難曲である『花散る頃』をねじ込むつもりなんだ。
それはきっと、智里と約束してくれたから。
美祢のとなりで『花散る頃』のセンターをさせてくれるという、あの約束を。
大人としての責任を果たしてくれるつもりなのだ。
「じゃあ、期待して待ってます」
「ええ、任せえておいて」
だが智里には希望もあった。
何時までもセンターパートを踊ろうとしなかった自分が、『花咲く頃』のセンターを踊れるほどの成長を見せたなら……。
美祢に、これからのはなみずき25に明るい未来を感じさせたなら。
きっと、まだまだ一緒にいられるはずだ。
あの誰よりも頼もしい背中を、まだまだだと言いながら追わせてくれるはずなんだから。
それからしばらく、かすみそう25のメンバーからリョウのレッスンに対する愚痴が聞こえてくるようになった。
「シャッフル選抜に出たくないの!?」
そう言って、リョウはメンバーを鼓舞しているのだとか。
そのお陰で三期生メンバーが何人も泣いて、そのフォローが忙しいと東濃まみは嬉しそうに愚痴を言っていた。
何でも、今まで遠慮されていた後輩にも頼られるようになったのがうれしいらしい。
「フォロー忙しくって、私は選抜いけないかなぁ」
嬉しいような、寂しいようなまみの表情。
「まみ、本当にいいの?」
たぶん、美祢と上がれる最後のステージになるはず。
ともに、かすみそう25で戦ってきたまみ。そのまみが一緒に出たくはないはずがない。
「公佳がね。我らが妹さまが本気になってるから、今回は譲る」
「……公佳がねぇ」
何でもそつなくこなす、あの公佳が。
メンバーのためなら、後輩のためなら、喜んで後ろに下がるあの娘が、本気になっていることに智里は驚く。
だが納得できる。
あの娘が、同期の中で一番美祢に懐いていたのだから。
一緒のステージにいるのを見せたい人もいるだろう。
「まったく、先生のせいだね」
「本当! 全部全部、あの先生のせいだよ」
あの悪い大人の仕掛け人は、気づいているんだろうか?
知っているに決まっている。
それでもその光景を見たがる意味を智里は考えるのだった。




