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三百七十六話

「賀來村、呼び出して悪かったな」

「良いですよ。レッスンもなかったし」

「お前な。アイドルは休むのも仕事の内だぞ」

「はいはい。それで話って何ですか? 兵藤さん」

 昨日のライブ終了後、冠番組の収録もあり疲労も大きいだろうと完全休養がメンバーには伝えられた。

 だが兵藤によって美祢だけは事務所に呼ばれたのだ。

 兵藤は確認しないといけないことがあった。

 あの時、ライブで美祢が何を言おうとしていたのか?

 それを聞いておかないといけない。

 それは現場の最高責任者である兵藤の仕事。アイドルの意向を最初に聞くという一番重大な仕事だ。

「なぁ、賀來村。……お前、辞めるのか?」

「……」

 兵藤の直球の質問に、美祢の眼が丸く開かれる。

 兵藤にはまるでなぜわかったのかと言われているかのように感じた。

 わからない訳ないだろう。

 何年、お前たちを見てきたと思ってるんだ? 片時も目を離さないように見てきたんだから。

 あの美祢の表情。それをしたアイドルを兵藤は知らない。

 だが、あの空気。あれは終演を決意したアイドルが放つ空気。


 誰よりも『花散る頃』と高尾花菜に執着してきた賀來村美祢が、その復活を見届けて辞めていく。

 まるで誰かの筋書きかの様に出来過ぎたものだ。

 いったい誰が、こんなマネをしたのか?

 兵藤は許せそうには無かった。引き継いだとはいえ、自分が心血を注いできたアイドルにこうも勝手な筋書きを当てられてはたまったものじゃない。

 賀來村美祢というアイドルの持つポテンシャルは、並の芸能人が持つそれとは比べられないぐらいに高い。

 それを創り上げた原動力は、賀來村の中にある花菜への執着だ。

 それがある限り、賀來村美祢というアイドルは輝きを失うことは無い。

 だから、こんな所で消化していいわけが無い。

 もっとメンバーに、後輩たちに、ファンに見せられる景色があるはずなのだから。

 この賀來村美祢というアイドルの駆け上がる頂上の景色は、もっと鮮やかなのものはずなのだから。

 兵藤は、美祢が辞めると言い出すと予想していた。

 そして、自分ならばそれを説得して撤回させられると思った。

 だから、この場にはカメラもない。はなみずき25のマネージャー陣もいない。

 兵藤には、立木から引き継ぎ、守っていた自負がある。

 はなみずき25というグループを最前線で、守り育ててきたのは自分なのだから。


「え……っと、『エンドマークの外側』歌えってことですか?」

 意気込んでいる兵藤とは対照的に、美祢は困惑していた。

 まるで兵藤の思惑には気が付いていないかのような表情。

「あ、いやそうじゃない。……あれ?」

「え? 何なんですか! またドッキリですか!? 本当に止めてくださいね!?」

「あ~、あのさ、賀來村? 昨日の特報前に何か言おうとたじゃん?」

「……あ~~! 確かにそんなこともありましたね」

「あ、覚えてはいるんだ。でさ、意向を聞こうかなってさ」

「意向を聞こう……ダジャレですか?」

 兵藤は頭を抱える。

 ダメだ。

 今日の賀來村にはシリアスな空気がない。


 真面目な話はできないと判断した兵藤は、美祢に帰るように伝える。

 この分ならまだ卒業など考えていないだろうからと。

「もう大丈夫だ。気を付けて帰りなさい」

「は~い」

 首をかしげながら美祢は席を立つ。

 何で呼ばれたのか?

 昨日のライブの特報前がどうのと言っていたが……。

 あの時の自分は、何を言おうとしていたんだっけ?

 美祢の頭に昨日見た花菜の横顔がフラッシュバックしてくる。

 ああ、そうか。

 自分はあの時アイドルを辞めようと考えたんだっけ。

 ああ! だから兵藤さんに呼ばれたのか!

 合点がいった美祢は、部屋から出る前に兵藤のほうを見る。

 まだ自分の勘違いだったことに納得できていないような表情をしている。


「兵藤さん!」

「ん? なんだ?」

「私まだ、辞めないよ!」

 まるで先ほど話題に出た『エンドマークの外側』のコールへの返しのように美祢が笑顔を見せている。

「もういいから! さっさと帰る!」

「は~い!」

 そうか、辞めないのか。

 良かったと胸をなでおろす兵藤。

 

 美祢はまだ本当に辞めるもりはなかった。

 ようやく本当の『花散る頃』が披露できるようになったのだから。

 それに、まだあの曲を踊れるのは自分と花菜だけ。

 美祢の『花散る頃』への想いは、8割は執着だった。

 だが残りの2割は愛着だ。

 あの曲が披露されなくなるのは、正直もったいない。

 大好きな曲だから、なおさら。

 だから、後輩の誰かが踊れるようになるまであの曲を守るのが、自分の最後の役目。

 自分というアイドルが残せる最後の仕事。

 多くの人気な楽曲を披露できるという、10年続いたアイドルグループならではの強みを繋いでいくのが最多センターを就任した自分の仕事だと考えた。

 いつか自分がいなくなってもいい様にと。

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