三百七十五話
「はい! ということでね。8個の仕掛けもわかりました。……後おかしなところありませんでしたか?」
ようやく自分たちに仕掛けられたものが全部分かったと思ったら、まだあるような口ぶりで片桐が語り掛ける。
「みんな、今日の仕掛け人は?」
その言葉でMC陣のとなりにいる智里に視線が向く。もう智里が仕掛け人なのは周知の事実だ。
なぜなら8個すべて智里の周辺で起こった出来事なのだから。
「そう、智里に協力してもらったんだけど! もう一人仕掛け人がいます!!! さぁ、それは誰!」
その言葉に勢いよく手を挙げたのは、三期生の仰木優希だった。
やはり三期生が率先して手を挙げる。
最近の傾向なのだが、それは一期生の怠慢ではない。
三期生の順応性を誉めるべきだと、片桐は思う。
「はい! ピンポン!」
「ピンポンいらない、優希、答えは!?」
「リーダー!!」
「残~念! 違います! ヒントは髪形」
片桐のヒントでメンバー同士の観察が始まる。
だが、それは一瞬のことだった。
美祢は目を見開いて、ある人物を見ている。
その視線の先には、もちろん高尾花菜がいる。
「そう! 美祢大正解!! じゃあ、今日の本当の企画言っちゃって、小向くん!」
「はいはい! メンバーにも内緒で猛特訓! 『花散る頃』を踊っちゃおう! 大~作~戦!!!」
タイトルコールの瞬間だけ小向に向けられていた視線が、花菜に帰ってくる。
今日の主役である花菜は、顔を紅くしてうつむいている。
あの花菜が照れている!!!
メンバーだけでなく、番組スタッフすら驚きの声をマイクに乗せてしまう。
うつむいて照れて隠せない笑みを浮かべる花菜の姿。
それはこれまで番組はおろか誰も見たことのない激レアな表情。
デビュー当時でも、不貞腐れていた時期にも、最近の花菜でも見たことのないかった表情。
大人の女性が見せる一瞬の少女感。
そのギャップで思わず声を出してしまう。
恐ろしい、『復活』した高尾花菜は恐ろしい武器を手に入れたと思わせた。
そしてそれ以上メンバーはリアクションできないほど固まってしまった。
そんなことが起きると想定していなかった片桐は、焦って声を上げる。
「じ、実はですね! 今回メンバーだけでなくもう一人、悪い大人に協力してもらっています!」
「えーーー!!!」
片桐の声で現実に帰ってきたメンバーが、番組用の声を出し始める。
「登場していただきましょう! 久々の登場! 我らがアットくんです!!」
「ぶーーーーッ!!!!」
被り物をかぶった主を待っていたのは、メンバーのブーイングだ。
先生が騙すなんてヒドイ! 卑怯者!!
そんなマジの声が混じったブーイング。
久々のアットくんの手元からは、ただただ「ごめんなさい」とだけ音声が流れている。
おもに三期生は、視線のおまけつきで非難が寄せられている。
そんな非難の雨の中、ただ一人。美祢だけは主に向かって頭を下げていた。
またカメラには入らない位置に移動して。
移動の瞬間はカメラに写ってしまったが、三期生達のおかげで頭を下げる美祢は映ることは無い。
片桐も小向も、智里もそんな美祢を指さしたりはしない。
美祢がどれほど今日のステージを待ち望んでいたかを知っているから。
主の協力が今日の収録だけに留まらないのを聞いていた者は、その美祢の行動を指摘することは無い。
以前であればステージ上で美祢は泣いていたのをわかっていたから。
それでも涙を流さずステージを降りたのは、アイドルであったから。
はなみずき25の絶対的エースとして、見せられない顔があることをわかっていたから。
だから、この瞬間の美祢の表情は誰も見てないことになる。
三期生の背中に隠れ、昔のままの少女がそこにいることを誰もが見ないようにしている。
@滴主水でさえ、被り物がずれて慌てた素振りで自分の視界には美祢を入れに入れないようにしているのだ。
花菜の『復活』の立役者が、そんな演技をしているのだから誰が無粋なマネができるだろうか?
番組収録中に久々に流したその涙は、画面に映ることは最後まで無かった。
代わりに最近は涙もろくなったで有名な二代目リーダーの涙だけが写されていた。
自分は何もできなかったというのに。
自分は早々にあきらめていたというのに。
感謝や感動ではない。
香山恵の後悔の涙だけが、番組のカメラには納められた。
それでも恵の涙が感動的なシーンのように編集されたのは、番組スタッフの贖罪でもあった。
自分たちも美祢の夢を無理だと判断していたから。
花菜が最前線に立つことなど、もうないのだと想っていたらか。
香山恵の涙を通して、花菜のファンや花菜自身。そして何よりも美祢へ謝ろうという気持ちが編集には載っていた。
番組の最後に付け加えた『花菜、おかえりなさい』のテロップにすべてを込めて。




