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三百七十二話

 ライブが始まると観覧していたファンたちは、高尾花菜と賀來村美祢が揃うということがどういうことなのか、ようやく理解した。

 センターの美祢は、いつも通り曲の主人公に入り込みダンスで感情を表現している。

 新曲の『でこぼこ』は、ついつい好きな人に取ってしまうそっけない態度や言わなくてもいい言葉の数々をベッドの上で悔やんでしまう十代の女子が主人公だ。

 自分の未熟さを自覚しながらも、制御できない心に踊らされてやきもきする姿。

 でも、そんな自分をどこか俯瞰で見ているような、奇妙な冷静さ。

 その微妙にバランスが取れているのかいないのか、不安定さを表現している。

 歌衣装に身を包んでいるはずの美祢が、時折パジャマ姿の少女に見える。

 そしてその少女は、鏡の中の自分に問いかけるのだ。

 なんで素直になれないの?

 そして鏡の中の自分は答える。

 それはあの人のことが好きじゃないから。

 少女はそんなことは無いと鏡から視線を外す。


 そんな少女の独白のシーンを美祢と花菜の二人が、演じている。

 まるで違うはずの二人。少女の面影を残す美祢に対して、もう十分大人の女性に成長した花菜。

 そのギャップが、まるで少女が少しずつ成長しているかのような錯覚を産み出す。

 これまで美祢がやってきた曲の主人公を演じるパフォーマンス。曲に入り込み、あたかもそこにその人物がいるかのようなレベルで、ステージ狭しと踊っている。

 それについて行く花菜にファンは驚いていた。

 ブランクのあるはずの花菜が、全力と見まごう美祢について行っている。

 だが、不思議なこともある。

 サビの美祢とのシーン以外の花菜は、その全体像をファンに見せない。

 他のメンバーに溶け込み、印象的な場面以外での花菜の存在が認知できないのだ。

 まるで本当に美祢の写し姿であるかのような花菜。

 そんな表現を一体いつの間に手にしていたのか?

 ファンは確信する。

 

 高尾花菜は完全に『復活』したのだと。

 あの独善的で暴力的な魅力とは違う、別の新しい魅力を手にして舞い戻ってきたのだと。

 その姿を見て、今までの自分の認識を恥じる。

 彼女のどこが終わったアイドルだというのか?

 賀來村美祢と対等に渡り合えるようなアイドルなどいないと思っていた。

 だが、いるではないか!

 彼女こそ、高尾花菜こそ、誰でもない彼女こそが、賀來村美祢と並び立つアイドルなんだと。

 古参の花菜推しは、信じられなかったことを詫びていた。

 新しい花菜推しは、こんなにすごいアイドルだとは知らなかった。

 だからこそ、その衝撃をファンは涙で表現するしかなかった。

 待っていたとも言えない。おかえりなんて口にできるわけが無い。

 だから無言で涙するのだ。


 そして誰よりも衝撃を受けていたのは、美祢本人だった。

 曲が進み、ライブも終盤に入るとあの曲がやってくる。

 『花散る頃』のイントロが流れ始める。

 いつもなら、美祢のとなりには誰もいない。

 だが、今日はそこに立つメンバーがいる。

 ようやく、ようやく来た。どれほど待っただろう。どれほど焦がれただろう。

「遅いよ、花菜」

「うん、お待たせ」

 マイクに乗らない二人の言葉。

 カメラには、二人の口の動きだけが写されている。

 曲に合わない激しさが、二人を包み込む。

 全力の、本当に全力の美祢が踊りだす。

 それについて行く花菜が、まだまだ足りないと美祢を煽る。

 

 初めて披露される、完全な『花散る頃』のパフォーマンス。

 それは、今まで披露されてきた美祢一人のセンターが、どれほど物足りないのかを知らしめていた。

 交差する二人の視線。

 息づかいさえ合わせたような、シンクロ率。

 互いのダンスに魅了され、引き込まれながらも互いを高め合うような高揚感。

 それらが全部乗ったダンスは、美祢にひとりの時に感じていた冷たさは微塵もなかった。

 そうか、これが『花散る頃』なのか。

 会場はようやくその曲を本当に理解した。

 別れがたい人との別れを空元気でも明るく別れたいと願う二人の姿。

 それがようやくみんなの前に現れたのだ。

 そして『花散る頃』の代名詞。美祢が見せていた幻の花菜はどこにもいない。

 現実の花菜が、美祢のとなりにいる。

 ペアダンスになり、この曲は本当に別物だと思い知る。

 本物の花菜の笑顔は、若干苦しそうにも見える。

 だが楽しいんだと見る者は理解できる。

 親友の笑顔につられて、自然と笑みが浮かんでしまったかのよう花菜の笑顔。


 そして笑顔だけではない。

 花菜の見せる、前髪の隙間から覗く力強い視線。

 まるで射貫くような視線が、見通せない未来を見据えているかのようだ。

 曲が終わり、美祢と花菜が背中を合わせ2歩進み『花散る頃』のパフォーマンスが終わる。

 それまで魅入ってしまい、ライブだというのに声を出せていなかった観客が大きな歓声を上げる。

 おかえりではない、高尾花菜はやっぱりすごいという感情しか載っていない歓声。

 5年前に聞きたかった声を、花菜は静かに聞いていた。

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