三百七十一話
会場に観客が入り、もう間もなく開演の時間が迫っている。
はなみずき25のメンバーは、新しい歌衣装に身を包み、ステージにふさわしいメイクも済ませている。
落ち着いた印象の歌衣装。どことなく学校の制服の匂いを残しつつ、華やいだアイドルの衣装はこういうモノだと言わんばかりの雰囲気を醸し出している。
ステージ裏、広い一角にメンバーを中心に大人たちが集まりだす。
ライブ恒例の開演前の円陣が始まる。
「美祢の言葉を借りるわけじゃないけど、今日この会場から、また新しいはなみずき25が始まるんだよ……」
香山恵が二代目リーダーとして、緊張感を高めるように落ち着いた声でメンバーにつぶやく。
「はい!」
同期も後輩もなく、恵の言葉に返事を返す。
アイドルらしからぬ緊張感。どんなに楽しいライブだとしても、これは仕事なんだと忘れさせない重要な儀式。
厳しい視線の恵が、メンバーを見回す。
やや緊張感が強い気もするが、みんな良い顔をしている。
その顔を見た恵は今回の楽曲にかける意気込みを端的に表現する。
「この楽曲も誰にも負けない曲にしていくからね!」
「はい!」
誰も勝ち負けを気にしていないとは言えない空気を創り上げる。
そんな空気をものともしない美祢は、恵に抗議の声を上げる。
「二代目……私そんな委縮するようなこと言った?」
「……要約したらそんな感じじゃない?」
「意訳が過ぎる!」
「あははは」
引き締めようとする恵とそんな恵にチャチャを入れて、適度に和ませる美祢。
息の合ったその行為は、メンバーを過剰に緊張させない。
慣れにならないよう緊張は必要だ。こなれた感じがステージで見えてしまえば、ファンは簡単に離れていくもの。
だが過剰な緊張は失敗を招く。
適度に緊張を保たせるのもリーダーと美祢の役目だ。
座長としてみんなに最高のパフォーマンスをしてもらうように努めるのも、美祢の課せられた仕事。
それをどんなポディションでも忘れないから、美祢はメンバーにもファンにもエースとして認識される。
二代目リーダーとエースの関係。その信頼関係がメンバーを安心してステージに向かわせるのだ。
不意に兵藤の眼がしらが熱くなる。
もう何度も見てきたこの光景。上手く機能し始めたのはほんの数年前だというのに、まるで長年寄り添ったかのようだ。
スカウト組である香山恵、オーディション組である賀來村美祢。
その二人が手を取り合うように、メンバーを支えている姿。
結成当初には考えもしなかった光景。それがそこにある。
そして、今日は高尾花菜が『復活』するという記念の日だ。
それも相まって兵藤は、思わず涙を流してしまいそうになる。
「よし、じゃあ行くよ!」
「はい!」
「想いを受けて輝く花を! 咲け! 大輪の笑顔! 私たち~! はなみずき25!!」
周囲のスタッフも歓声を上げて手を叩く。
メンバー全員がそろった声を上げたことで、メンバーも笑顔でステージへと進んでいく。
スタッフとのハイタッチも心なしかテンションが高い。
だがそんな中でもまだ少しだけ、表情が硬いメンバーもいた。
高尾花菜だ。
花菜は自分でも意外だった。
自分から言い出した『花散る頃』のパフォーマンス。まさか番組の企画にまでなるとは思っていなかったが、それでも平常心で挑めると前日までは想っていた。
しかし、当日になってみると自覚してしまう。
冠番組で久々の主役回。
グループアイドルとしての自覚が、少しだけ花菜を固くしている。
「花菜さん、大丈夫ですか?」
「ち、……智里」
「あ~、ダメそうですね」
「ダメとか言わないでよ! してるよ! 緊張!!」
同じ髪形なのに対照的な表情の二人。同じドッキリの仕掛け人だというのに扱いもまるで違う。
プロデューサーは花菜がこうなるのを見越して、智里にだけミッションを課したのかもしれない。
仕方のない、本当に仕方のない先輩だ。
智里は唐突に花菜の背中を強く叩く。
「っ……! つ~!!」
「気合ですよ、気合!」
智里は自分の背なかを差し出す。自分も叩けということなのだろう。
「気合は根性!」
「~~!!! ったぁ~!! ……気合は根性?」
「なんか、美祢も言ってるでしょ?」
「笑顔は魔法?」
「そうそれ、私も作った」
満面の笑みで意味不明なことを言いだした花菜を見て、一瞬智里の時が止まる。
「……」
「ん?」
「……。ップ! 何ですかそれ!!」
「あ~!! 馬鹿にした! 後輩なのに、私先輩だよ!?」
こんなことを言い出せる花菜は、本当にアイドルなんだと智里は思う。
遠い憧れによく似ている花菜の笑顔。
智里は花菜が嫌いではなかった。
どこかに彼女の面影を見てしまうから。
「だったら先輩らしいところを見せてくださいね!」
「っ~~~!!! 二発目違くない!? ねぇ!? ねぇ~!!」




