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三百七十話

「むぅ……」

「みーさん、どうしました?」

「智里ぉ、これ見てよ」

 そう言って美祢が見せてきたのは、智里の手元にもある本日のライブのセットリストだ。

 美祢が少し不機嫌になるのもわかる。

 美祢が問題と思っているのは、新曲のお披露目ライブにもかかわらずリストに『花散る頃』があることだろう。

 確かに『花散る頃』の人気はファンの間でも高い。ライブでやれば盛り上がるのは間違いない。

 だがもう5年も前の曲なのだ。新曲披露の時は、新曲をクローズアップしてほしいということだろう。

「まあ、みーさん。もう決まったことですし」

「そうだけどさぁ~」

 仕方ないとは思いつつも完全には納得していない美祢。

 一方智里は、どうにか不満を収めたことに胸をなでおろしている。

 何で5年も前の曲『花散る頃』が今回のリストにあるのか?

 それは、智里と花菜、そして振付師リョウの連名で運営に要望を伝えたからだ。

 兵藤達も最初は難色を示していた。だが、実際に智里と花菜の『花散る頃』を見て考えを改めたようだ。

 

 ライブで外れない名曲の完全版を披露する。

 それはこれ以上ない話題となるだろう。

 永らく美祢一人で踊り繋いできた振り付けを正しい格好で披露したライブともなれば、ネットニュースはおろか地上波での話題にもなる。

 はなみずき25というグループの新しい時代の到来を告げるいい狼煙になると、運営も判断したようだ。

 しかし、これを行うにあたり、智里には重大なミッションが課せられた。

 智里の視線の先。冠番組の『はなみずきの木の下で』のカメラスタッフの姿。

 新曲お披露目ライブの密着だと説明されているが、事実はそうではない。

 運営スタッフと番組スタッフ、そして智里と花菜が仕掛け人となり、ほかのメンバーにも内緒で花菜が『花散る頃』を披露しようというドッキリ企画が裏で進行している。

 それは高尾花菜の大々的な『復活』を知らせる企画。

 ファンにもメンバーにも、世間にも花菜が戻ってきたと知らせる重要な企画となった。

 

 その中でも智里に課せられたミッションは過酷だ。

 美祢というドッキリアレルギーのあるアイドルに知られないよう、ミッションを遂行しないといけないのだ。

 しかもバラエティー特有の本筋とは全く関係ない、余計なミッションまで用意されている。

 美祢に気づかれないよう、もうすでにいくつかのミッションは成功させている。

 やれ「カラコンを入れろ」だとか、「花菜と同じ髪形にしろ」だとか、「いつもとは違うケータリングを受け取って気が付かれないように食べろ」だとか。

 何で自分がこんな苦労をしないといけないのか? ……言い出しっぺの法則を体現する智里は、ライブ開始前から疲労していた。

 それもこれも、今関係者席にいる悪乗り作家のせいでもある。

 智里は姿の見えない元凶を睨む。


「はっ……っ! っぶしゅ!! ……あ~」

「パパ……風邪?」

「いやぁ……? どうなんだろ?」

 その悪乗り作家は、自称娘と関係者席で談笑の真っ最中。

「それにしても公佳ちゃん。よく時間とれたね」

「うん……何となく見に来たくなっちゃって」

 主は公佳の勘の良さに驚いていた。

 いつもはそれほど頻繁にはなみずき25のライブに来ることは無いはずの匡成公佳が、何故か今日に限ってきているのだから。

 しかも予定していたスケジュールを変更してまで。

 何故今日なんだ? 主の頭の中には疑問符で埋め尽くされている。

 二期生ほどではないにしても公佳もかすみそう25という人気グループのメンバーだ。

 しかもその美貌で、モデル活動や俳優仕事も盛んなメンバーの一人。

 それなのに、ただの新曲披露ライブにわざわざ足を運ぶなんて。

 いや、ただのではない。

 主もネタ出しに協力したドッキリ企画遂行中のライブではある。

 だが、はなみずき25とかすみそう25は姉妹グループ。メンバー間の交流も盛んな二つのグループ。

 決して企画が漏れないよう細心の注意を払っていたはず。

 それが、よりにもよって公佳に感づかれてしまうなんて。


 主の予想が正しければ、美祢を母と慕う公佳の前で計画の最後を見ることになる。

 それを公佳に見せたくはない。

 そして何より、それを見ている自分を公佳には見せたくはない。

 どうにか開演前に帰ってもらいたかったが、公佳の意思も固いようだ。

 自分を父と慕ってくれている彼女に、自分の一番汚い部分を見せてしまうかもしれない。

 彼女はそんな自分を見てどう思うんだろうか?

 彼女の、公佳の反応は気になるが、自分の待ち望んだ光景がすぐそこまで来ているという興奮も押さえられない。

 主の中にあった大人としての自分は、今はどこにもいない。

 美祢の夢を叶えると言ったあの時から、主の中には大人としての理想はどこか遠くに行ってしまった。


 彼女に、美祢にあの時の答えを伝える。

 ただそれだけのために、主はこの5年を過ごしていたのだから。

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