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三百六十八話

 フォーメーション発表から数日後。美祢は兵藤のデスクを訪れていた。

「兵藤さん」

「お、賀來村。どうした?」

「花菜、本当にあの位置でいいんですか?」

 それはどんな感情からの言葉なのだろう? 兵藤には美祢の表情から読み取ることができない。

「ああ、総合的な判断のもと、最適な配置だと思ってるよ」

「そう。ならいいです」

 一瞬寂し気な表情を浮かべる美祢。

 それを見て兵藤は、今回のフォーメーションが正解だったと安心する。

 賀來村美祢という絶大な人気を誇るアイドルを擁する、はなみずき25。

 表題曲のフロントに美祢がいない曲のほうが今は少ない。

 そのお陰か、はなみずき25は常に高い人気を維持できている。

 だが、それは見方を変えれば安定でしかない。

 アイドルグループが、大した話題も提供できずに安定した姿を見せるようになってしまった。

 高尾花菜のスキャンダルもそう。致命的な記事ではなかったせいで、良くも悪くも話題なっていない。

 飛びついてきやすそうなネットニュースですら、賀來村美祢の話題以外ではなみずき25のメンバーを記事にすることほうが稀だ。

 はなみずき25のメンバーであることに美祢がこだわるのは、ここら辺を気にしているからだろう。


 今回のフォーメーションがもたらす、美祢の心情の変化。それが表情にまで出てくるのを見た記者たちはその原因を探したががるだろう。

 そして勝手に推察し、各々違う見解を書くことだろう。

 それがメンバーへの視線誘導につながる。

 まったく、安本源次郎の戦略には脱帽するしかない。

 普通なら敬遠したがるゴシップ記者さえ、利用してしまうんだから。

 逆を言えば安本源次郎の判断では、まだまだはなみずき25には先があるということ。

 まだ見ぬメンバーの魅力が、グループを存続させるのだろう。

 人気を保ったまま、10年という月日を経過させた。

 それでもまだ、はなみずき25は咲き誇るのだと安本源次郎が判断したのだ。

 ならば、自分の役割のせいぜいメンバーを振り回す大人を演じ切らなくてはいけない。

 彼女たちの輝くステージを最後まで守れるように。

「……できれば、もっと後ろで見ていたかったけどなぁ」

 上司の失態で就くことになった今の立場、それが時々重く感じることがある。


 ◇ ◇ ◇ 


 はなみずき25の冠番組『はなみずきの木の下で』にて、フォーメーション発表が放映された。

 その際みせた美祢のわずかな動揺。

 いつもの力強い表情ではなく、嬉しそうにも見えながら、もう期待をさせないで欲しいともとれる微妙な表情をした美祢の顔。

 それが安本ら運営側の目論見通り、大きくネットニュースをはじめ報じられた。

 席を立ってフォーメーション通りに並ぶ時に見せた、わずかに残した視線の先。

 美祢が花菜を見た瞬間の顔が、それまで見せていた美祢の表情とは大きく変わっていたのを誰も見逃さなかった。新しいシングル曲のセンターとして受けるインタビューも、これまでとは違い、幾分か言葉を詰まらせる瞬間があったと嬉々として報じられた。

 ある者は言った、高尾花菜の『復活』が賀來村美祢にとって望んだものではないと。

 またある者は語った。賀來村美祢にとって親友メンバーの『復活』が、どれほどの希望になるかを。

 だが、その誰も知らなかった。

 美祢がどれほど待ち望んでいたか。

 どれほど絶望していたのか。

 高尾花菜という存在が、どれほど美祢にとって重要だったのかを。

 賀來村美祢がどんな想いでステージに立っていたのかを、まだ誰も知らない。

 その答え合わせが間近に迫っていたことも。

 高尾花菜の『復活』がもたらす衝撃を。


 もしかしたら安本源次郎は予想をしていたのかもしれない。

 振付師のリョウも、もしかしたらという推測でしかなかった。

 だが確信があったのは、誰でもない@滴主水ただ一人。

 高尾花菜の『復活』が、賀來村美祢にもたらす影響を理解していたのは佐川主しかいなかった。

 賀來村美祢の夢の場所を知り、その場を整えるということに尽力していた主だからこそ、理解できたのかもしれない。

 新曲『でこぼこ』のお披露目ライブから始まる一幕で耳にした衝撃の言葉。

 そんな言葉を耳にするとは、誰も思っていなかった。

 大きな混乱をもたらす言葉は、もう間もなく空気に触れる。


 新曲披露ライブの会場には多くの人が詰めかけていた。

 晴天で気持ちのいい会場。

 アイドルたちの新しいアーティスト写真のノボリが並ぶ、いつもの会場。

 新しいシングルの発売は、いつだって心躍るモノ。またメディアの各所で推したちの奮闘が見れる。

 その姿に一喜一憂するあの日々が帰ってくる。

 会場に集まったファンは、熱い思いのまま広がる光景を見ていた。

 そしていつかは屋外、それこそ国立競技場のように広い会場でパフォーマンスをする推しを見たいと思わせるほど晴れ渡った空の元、衝撃の一日が始まる。

 『伝説』の幕開けとなった、新曲披露ライブはもう間もなく始まる。

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