三百六十七話
「リョウさん、どうだったかな?」
「いつも通り、とっても良かったわ」
「そっか……良かった」
美祢とリョウとダンスチームのいるダンススタジオ。仕事の関係で一人別日の新曲フォーメーションのテストを受ける美祢。
美祢のダンスを見て、ダンスチームは感心していた。
十代の頃に比べれば、明らかにダンスに掛けられる時間が減っている美祢だが、課題の振りをトレースするだけでなくちゃんとパフォーマンスをすることを意識している。
表現力という面では、未だにメンバーの誰も美祢に追い付くことができない。
ダンススタジオの床の片隅、すり減った足跡。美祢が繰り返し使ってきた位置には、その確かな努力が刻まれている。
「美祢、あとで靴替えなさい。危ないから」
「あ~、そうだね。もう限界か……」
十代のころと変わらないレッスンシューズの交換時期。それらが、今の美祢を支えている。
はなみずき25きってのダンス巧者。そのアイドルの枠に収まらない表現力は音楽業界でも話題だ。
彼女が他のアーティストのミュージックビデオに初めて参加したのは、高校卒業してすぐのこと。
そこから定期的に出演依頼がくるのは、表現者として卓越しているからだろう。
最近増えてきたドラマの仕事よりも、美祢の仕事で時間が撮られるのはダンスシーン撮影が多い。
だが、そんなありがたいオファーが来るにもかかわらず、時折美祢の寂し気な表情をリョウは見ていた。
鏡に向かっているふとした瞬間、流れる汗を拭いた直後。
美祢は自分の後ろを確認する仕草をする。
そこには誰もいないのをわかっているというのに。
今もそうだ。
一通りダンスを踊り、ダンスチームが各々の意見を出し合ってまとめているちょっとした時間。
美祢は一人飲み物を取りに行き、後ろを見る。
そこにはメンバーが居ないんだと確認するように。
「美祢、大丈夫?」
「あ、リョウさん。……何が?」
「寂しいのかなって」
「あはは、そうだね。寂しいかな、となりの誰もいないのは」
だが、美祢は笑顔を崩そうとはしない。
「なんか、昔を思い出すわね」
「……昔?」
美祢は見当もつかない様子で、首をかしげる。
「ファンが定着しない、フォーメーションで前に出れないって言ってた時」
「ああ~、そんなこともあったね」
「今は大丈夫なの?」
「あははは、大丈夫だって。私もう大人だし」
確かに、あのころと比べれば美祢は格段に明るくなった。
だが、リョウには時折あの頃の美祢と重なる瞬間があるのも確かなのだ。
「先生に会えてるの?」
ついついリョウは余計な言葉を口にしてしまう。
目の前にいるのは、事務所の稼ぎ頭のアイドル。プライベートなんかあるはずもないというのに。
「安本先生? 会えてないかなぁ。って、もともとそんなに頻繁に会ってないからなぁ」
「違うわよ。もう一人の先生」
「ああ、@滴先生かぁ。……忙しいみたいで、収録にもきてないね」
「そう」
「……どうしたの? 会いたいの?」
「私は特に用事は無いけどね」
「ふ~ん」
@滴主水のことを口にしても、美祢の表情は変わらない。
いつもと変わらない笑顔であるはずなのに、あの時の、思い出の中にある美祢の笑顔と結びつかない。
だからだろう。
あの人があの二人に『花散る頃』を望んだのは。
「会えるといいわね」
「そうだね……先生がいると収録が明るくなるからね」
笑顔で答える美祢の笑顔に陰を感じる。
思わずリョウは美祢を抱きしめる。
「ちょ、ちょっと……リョウさん。みんな見てるって」
「うん、少しだけね」
美祢にとって自分があの人の代わりになれないことはわかっている。
だがあの寮で見ていた美祢を思い出すと、抱きしめずにはいられない。
少しだけでも人の温もりを分けてあげたい。
「もうリョウさんは……もしかして、またフラれた?」
「……うるさい」
照れ隠しなのか、美祢がリョウのプライベートをチクリと刺す。
少しだけリョウの手に力が入ったのは、仕方がない事なのだろう。
◇ ◇ ◇
「……そして、センター賀來村美祢。賀來村、今回も頼んだ」
「はい、精一杯頑張ります」
兵藤が新曲フォーメーションを発表する姿も見慣れたものになった。
そして今回も表題曲は美祢がセンターになった。
通算10回目のセンター。もはや美祢にセンターの姿以外を想像する方が難しいほど。
ファンも「また、みね吉センターか」とつぶやきながらも、当然そうであってほしいと願った結果だ。
その当然の結果を見る発表の会場で、メンバーは驚きのあまり漏れ出る言葉を止められなかった。
美祢のすぐ後ろ、二列目の中央に意外な人物が立っているからだ。
最近は表題曲の参加も珍しかった、そのメンバーが大抜擢と言っていい位置にいる。
高尾花菜。
久々に見かけたメンバーもいるぐらい、そこにいること自体に違和感を覚えてしまうメンバーの姿。
美祢のセンターよりも、「花菜裏センター」という言葉がトレンド入りしてしまうほど、花菜の存在に注目が集まっていた。




