三百六十五話
花菜と智里の出した答え。本多からの宿題『花散る頃』のダンス。
それを見たリョウは、知らず知らずに涙を流していた。
師匠の本多の本当のメッセージを受け取ったからだ。
長くダンスの現場から遠くなっていたリョウが、ダンスチームのトップとなったころに振りつけられた本多最後の振り付け。
リョウは引き継いだはなみずき25というグループの色を見誤っていたことに、今日ようやく気が付いたのだ。
花菜と智里が見せた『花散る頃』のセンターパートの振り付け。
普段からそれほど仲のいいメンバー同士ではない、高尾花菜と矢作智里。その二人がペアダンスパートには、しっかりとアイコンタクトを行いタイミングを計りながら振りを合わせる姿。
それこそが本多がリョウに見せたかった、はなみずき25の本当の姿。
いがみ合い、不協和音を奏でながらも一緒に活動する姿。
仕事としてそれを全うするメンバーもいるだろう。夢への足掛かりとして参加しているメンバーもいるだろう。これこそが夢そのものだと胸を張るメンバーがいてもいい。
見据える先の未来が誰と違っていても、今この場にいる仲間と共に行ける限りはともに歩いていく姿。
これがはなみずき25なんだと本多は、この『花散る頃』に想いを込めたのだ。
『花散る頃』の歌詞。
花が散る頃に別れる彼女たちが、それでもいつかの花咲く頃にまた会おうと別れるシーン。
それまでは、お互いへの連絡さえも必要が無いと背を向けて別れるシーンがある。
それは、単に仲たがいしたからではない。
もちろんお互いの未来を信用している。もしも、仮に失敗しても笑って話し合える時が絶対にあるからと信じ合っている姿を描いたシーンだ。
リョウも寮の運営をしていたから知っている。
はなみずき25ほど仲の悪いアイドルグループは存在しないだろうと思わせるほど、結成当時の空気は最悪だった。
花菜の独壇場だった初期。そして仕事が花菜とスカウト組に集中しすぎて、存在価値を見出せないオーディション組の泥を何度その身に浴びたか覚えていないほど。
あのはなみずき25が、師匠の本多にはこう見えていたのか。
少女たちはいつかは成長し、それぞれの道へと歩いていく。
それでも彼女たちは、いつかの笑顔のために今を頑張れるのだと本多は言っている。
そうか、自分に任されたアイドルグループは、こんな顔をしているのかとリョウの目が改めて開かれる。
「まったく……ジジイは説教臭いのが嫌いなのよ」
「どうかな……? リョウさん」
踊り終わった花菜は、息を切らせながら不安な表情を見せている。
あの花菜が、自分のダンスに自信がないのだ。
「何かか違ってましたか?」
そして智里も自信はない様に見える。
それもそのはず、この『花散る頃』のセンターを踊り守ってきたのは、あの賀來村美祢なのだから。
ともに踊ることを考えれば、いくらでも修正箇所は見えてくるはず。
この楽曲を踊る美祢を基準にすれば、どれほど上を見てもキリがない。
「いいえ、とっても……とてもよかったわ。おめでとう」
「……え?」
「……そ、それじゃ……」
信じられないような表所をしている二人に、リョウはうなずいて肯定する。
「二人とも……センターおめでとう」
「……うそ」
「……っ!!! やった! やりましたよ、花菜さん!! センター! 踊れますよ!!!」
智里に抱きしめられながらも、花菜の表情は現実を受け取め切れていない。
まるでまだ、答えが花菜の脳内に届いていないかのようだ。
「……本当に?」
「ええ、次の披露はWセンターよ」
「……。……」
「花菜さん! おめでとうございます!」
向き合った花菜の顔は、不思議そうな顔のままだ。
どこか瞳に光が入っていないような?
何度も智里に揺さぶられ、ようやく花菜の頭にも情報が到達する。
「……やった? ……やっただよね!?」
「そうですよ! やりましたよ!」
「ありがとう! 智里!!!」
花菜が智里を初めて名前で呼んだ瞬間だった。
そして智里も初めて名前で呼ばれたことに気が付かないほど喜んでいた。
「やった! 踊れる! 私たち、『花散る頃』を踊れるんだよ!」
「はい! 踊れますよ!」
「よかった! ……あ……」
「? どうしたんですか?」
遅れて喜びだした花菜が、何かに気が付いた。
喜んでいた3人の誰よりも早く、花菜はあることに気が付いたのだ。
「あ、あのさ……次の披露って……どっちが踊る……の?」
そう、センターパートを踊ることができる人物が3人。
現センターの美祢のとなりは、一つしか空いていない。
「そんなの決ってるじゃないですか。花菜さんの復帰センターですよ!」
智里はさも当然のように言ってのける。
それもそのはず、元々発表された本来の『花散る頃』のフォーメーションは花菜がセンターなのだ。
そして誰よりも美祢が花菜以外のメンバーを望んでいない。
賀來村美祢というアイドルの待ち望んだ、本当のフォーメーションが実現するんだから。
だが、花菜にとってはそうではない。
何度も見てきた美祢単独の『花散る頃』。それを一番近くで助けてきたのは誰でもない智里なのだ。
あの時も、花菜が美祢に見限られたと認識したステージでも、美祢はパートナーに智里を選んだ。
ともに別グループで高められた美祢と智里の親和性。
そこに自分という異物が混じっていいのかと、花菜は急に及び腰だ。
「大丈夫、それについては私で考える。大人の役割を果たすから」
「いいの?」
「ええ、だから今は喜んでいいわ」
リョウには一つ考えがあった。
そして一つの確信もあった。
たぶん、この絵図を書いた人も同じ考えだろう。
「……ずいぶんと」
悲しい考えだと笑顔で本心を隠すしかできない。




