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三百六十四話

「兵藤さん、ちょっといいかしら?」

 振付師のリョウが、珍しくダンススタジオから抜け出して兵藤のデスクまで足を運んでいた。

 その神妙な表情を兵藤は、不思議に思った。

 リョウは一時期難しい顔をしていることが多かったが、ここ数年は明るい表情でいることが多いように想っていた。だが、今日のリョウは数年前に戻ってしまったかのような印象を受ける。

「リョウ先生、珍しいですね。どうしたんですか?」

「ちょっと……安本先生の予定って抑えられるかしら?」

「新曲の振り付けのことですね。わかりました、聞いておきます」

「ええ……お願い」

 用件が終わったというのに、何故かリョウの表情が優れない。

 だいたい、いつも通りであれば振り付けは曲の仮歌が作られてからのはず。

 確かに新曲の企画は動きだしてはいるが、リョウが動くにはいささか早い気がする。

「随分と早くに動くんですね。今回は?」

「あ、……ええ。ちょっとね」

「リョウ先生! 心配事があるなら共有してください。高尾の件みたいなことは、もうこりごりなんで」

 兵藤の言葉にリョウはハッとした表情になる。

 そう高尾花菜の怪我の件は、未だに運営スタッフの間で重大な事件として今でも対策会議を行うほど、再発を懸念している。

 今のところ、そんなメンバーがいないからと言って誰かの気づきをないがしろにするほど、兵藤達は緩んではいなかった。


「……ええ。そうだったわね……。どうやらジジイが陰で動いてるらしくってね」

 リョウの言うジジイとは、前振付師の本多忠生のことだ。

 今は安本源次郎の個人事務所を管理している。

 その本多が動いている。

 それは誰か、メンバーがダンスを秘密裏にレッスンしていることを意味している。

「……大至急、調査します」

「えっ! あ、そうじゃないの。ジジイも無茶はしないだろうから怪我とかは大丈夫なはず。それにダンススキルの向上は間違いないはずよ」

「では……なんで安本先生のとこに?」

 確かに高尾花菜の一件で、花菜の無茶に唯一気が付いていたのは本多だけだ。

 その本多が、怪我の危険性を無視するはずもない。

 ダンスに対して一番厳しい意見を言うのは、今でも本多なんだから。

 そうだとすると、今度なんでリョウがこんな時期に安本源次郎の元を訪れるのかがわからない。

 兵藤の言葉に、ため息を落としてリョウは応える。

「今のダンススキルがどの程度なのか、知っておきたいの」

「ダンススキル……ですか? それだったら賀來村を筆頭に……」

「ええ、それはそうなんでしょうけど。ジジイがどの程度入れ知恵したのか、確認しておかないと」

「なるほど……わかりました! 予定が分かり次第ご連絡差し上げます」

「お願いします」


 ◇ ◇ ◇ 


 後日、リョウの提言ではなみずき25の全メンバーのパフォーマンスの技量測定が行われた。

 次のシングル。20枚目のポディション選考を兼ねたダンスレッスン。

 残念なことに、この場には美祢の姿はない。

 ドラマの撮影とスケジュールが被ってしまったせいで、美祢だけは後日一人でメンバーと同じ課題に取り込む予定である。

 事前に渡した振り付け。それにどれほど適応できるのか? リョウの目が厳しくメンバーを捕らえる。

 その中で二人、目につくメンバーがいた。

 二人のダンスからは、あのジジイの……本多の気配がこれでもかと充満している。

 間違いない。

「なるほどね。あんたたちだったの……」

「リョウ先生?」

「ううん、何でもないわ。今日は解散……矢作さんと花菜はちょっとお話いいかしら?」

 リョウが居残りを言い渡した二人。

 その二人には、メンバーも接点がない。なんでその二人なのか?

 メンバーは頭をかしげながらもレッスン場にお辞儀をしながら出ていく。

 もしこの場に美祢がいたのなら、何かを言い始める可能性が高い。

 だが、幸いというべきか。美祢はドラマの撮影でこの場にはいない。

 ダンスレッスンという名の試験に美祢の姿がないのは、メンバーにとってはありがたい。

 美祢に目を奪われる心配が少ないのだから。

 そんなメンバーの心配は、矢作智里と高尾花菜の二人のせいで的中していた。

 メンバーさえもそれに気が付いていない。

 リョウの視線は、二人に奪われていたというのに。


「あんたたち二人。ジジイに何教わってきたの?」

「あ、やっぱ、リョウさんにはわかっちゃった?」

「すみません! どうしても必要なことだったんです」

 ダンスを、パフォーマンスをするうえで、何が自分に欠けているのか? そう考えて行動することは決して悪いことではない。むしろリョウの考える上で最良の人選だともいえる。

 だが、ただパフォーマンスをするだけで、あのジジイを引っ張り出せるわけが無い。

 何か。重大な事柄が無いと、あの頑固ジジイをまたダンスの現場に連れ出すのは容易ではないはず。

「何……企んでるの?」

「リョウさん! 私たち……『花散る頃』を踊りたいの」

「お願いします! センターの振り付け……見てもらえませんか?」

「花菜……あんたって娘は……」

 恐らく、高尾花菜から言い始めたことだろう。

 リョウには推察が付いた。賀來村美祢と同じぐらいこの曲に執着しているメンバーは、花菜を置いて他にいない。

 自らのセンター曲を取り戻しに来た。

 なら何で? 何故、矢作智里を引き入れたのか?

 いや、理由はダンスを見ればわかるはずだ。

 リョウでさえ、本多の真意に気づかない。あの曲の振り付けの答え。

 その答えを、二人が見せてくれると言うのだから。

「いいわ。やってごらんなさい」

 これは、本多の弟子である自分に課された宿題でもあるんだから。

 その答えを見なくてはいけない。

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