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三百六十三話

「な、なんですか、これ?」

「現役のお前に開示できる賀來村美祢の資料。その全部だ」

 事務所にやってきた玲が見たもの。それはデビュー当時から今までのスケジュール表や美祢の参加した仕事の台本。今まで開催されたライブの企画資料や映像たち。

 それらが年代別に分けられている。中でも3年目から5年目までの資料は他の年代とは比べ物にならないぐらい多い。

 1年目、真っ白なスケジュールが一枚のみ。申し訳程度に付随された他のメンバーも真っ白なものが多い。

 唯一高尾花菜だけは、幾つかの仕事の痕跡がある。

 2年目、美祢だけが唯一と言っていいほど仕事がないのが分かる。イベントも当時の人気上位者だけ出演することも少なくない中、それでも異常に美祢に仕事か来ていないのが分かるほど。

 3年目の資料の最初に置かれているのが、2つの社外秘と書かれた企画書だった。

「そこからは、他言無用だ。四代目先生に頼まれたから見せる。その意味を考えてくれ」

 自分が四代目主水之介の妹であるから見せるのだと、兵藤が付け加える。

 兄が見せたかったのが、ここからなんだと玲は理解した。


「……っえ!?」

 最初の資料は綿密に練られたドッキリの企画書。冠番組の企画書だった。

 美祢と花菜を騙す企画書の中に、兄の名前、正確には兄のペンネームがあった。

 いつだったか、美祢に聞かされた兄と美祢の出会いのエピソード。その一場面がそこにはあった。

 握手会で花菜と美祢を騙すために兄が潜入し、話題となっていた兄のデビュー作品を手渡すという筋書き。

 玲がそれに目を通したのを確認すると、兵藤はモニターに当時の番組映像を流す。

 そこから冠番組で何度も美祢が泣いているシーンが流される。

 兵藤の目にも懐かしさがこみ上げてくる。

 そしてその後のイベント映像で、ようやく美祢の笑顔の映像が出てくる。

「本当に懐かしいなぁ……」

 兵藤の口から思わずこぼれてしまうほど、それは懐かしいものだった。

 そのせいだろうか? 兵藤は致命的なミスを犯す。


 番組映像のあと、解像度の悪い映像に切り替わる。

 暗めの部屋の中だろうか? 玲の知らない部屋で、椅子に座った安本と美祢が向き合っている。

「今回君たちのグループでリリースするアルバムに、彼の書いた小説を特典としてつけることにしたんだ。読んでみなさい」

 映像の中の安本が、美祢に何かを手渡すところから始まっていた。

 何を手渡されたのかはわからないが、美祢が異常に緊張しているのだけはわかる。

 受け取った紙が震えて、音を出す程。

「この『エンドマークの外側』という楽曲は、彼の信じた君というアイドルが歌わないと成立しない」

「ただ……もしこれを君が歌うとなったら、小説を読んだ人はこのアルバムの主役が君だったのではという疑念を持つだろう。人気最下位のアイドルが、突如ファーストアルバムの主役に躍り出る。面白くないと思う人も居るだろうね。そして君と彼との関係を疑うことだろう。こんなに贔屓するからには個人的に何かあるに違いないとね」

「だけど、君はこれを歌わないといけない。アイドルとして期待されているならアイドルとして応える、それが道理だからだ。苦境の中でも輝けるアイドルに君はなれるかい?」

 安本の口から、美祢へ重い質問が投げかけられる。

「……歌います」

 そして映像の中の美祢は、くるしい表情のままそう答えた。


 そこから美祢の行動は、厳しく監視されていたのが資料から分かった。

 それまでにはない、美祢のオフの行動までが記されているからだ。

 そしてその監視が誰の指示であるかもわかってしまう。わざわざ報告を上げた結果までが記されているからだ。

 安本源次郎。

 自分たちの所属するアイドルグループの最高責任者が、美祢と美祢に関わる主の様子を監視していたのだ。

 兵藤を見る玲の視線から兵藤は逃げるように顔を逸らす。

「兄は……知っているんですか?」

「……気づいているとは思う」

「……そんなこと」

 許されるのだろうか?

 玲がもう一度資料に戻ると、別のこともわかってくる。

 ある時期からあらゆる企画が美祢へと集中し始めるのだ。

 もう一度目の前の資料の山を見る。

 確かにこれほどの資料になるはずだ。

 今の美祢のスケジュールが、まるで制限が掛かっているかのように緩く感じる。


 そしてそのたびに、報告書の中に美祢がどれほど泣いてきたのか書かれていた。

 今の美祢からは想像もできないほど。

 玲には想像できなかった。あの美祢がライブの前に泣いている姿を。

 玲の手が止まる。

 その玲を見て、兵藤はもしかしてと玲に質問する。

「あ、もしかして……お前も四代目先生に賀來村になりたいとか言ったのか?」

 玲は黙って兵藤に答える。

「なんだ、だったらここまで見せなくって良かったな」

 何かに納得した兵藤は、その緊張を解く。

 先ほどのミスも懐かしさからだけではない。四代目主水之介のあの声が兵藤を緊張させていたのだ。

「あのな、佐川。お前はお前が想っているほどダメなんかじゃないぞ?」

「え?」

「お前は確かに佐川綾の妹だ。それは変えられない」

 兵藤の言葉に玲はうなずく。

「でもな、お前の評価の全部が佐川綾の妹としてだけの評価じゃないんだよ」

 そう言って、まだ完全に仕分けていないレターボックスから何かを探して始める。

「お、あったあった。ほら、お前宛てだ」

 そこにあったのはファンレターだった。まだ4通しかないが確かに自分宛の物だ。

「まだパッとしか検閲してないけどな、なかなか熱いファンがついてくれてるみたいだぞ」

 兵藤の顔が明るくなる。

 熱心にファンレターを事務所まで送ってくるファンは、今ではそう多くはない。

 ましてアイドルに見せられるほどちゃんとした内容のファンレターは珍しい部類だ。

「焦らなくてってもな、お前を見てくれるファンはいるんだ。お前はちゃんとファンに佐川玲を見せていけばいい」

「……はい」

 

 玲はそのままレッスンスタジオに寄り、自分の悩みをぶつけるようにダンスに打ち込んでいく。

 そして主は兵藤から厳重注意を受けた。

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