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三百六十一話

 賀來村美祢ソロコンサートは、懐かしい美祢のソロ楽曲を交えながら実に16曲が披露された。

 一人の出演ということで運営側も無理はするなと言われたが、美祢は16曲全てでアイドルとしてのパフォーマンスを全うした。

 衣装の早着替えでステージに居ない僅かな時間以外、ステージ上では常に踊りながらパフォーマンスを行い、後半になってもそのダンスのキレは全く落とさず、彼女がアイドルとしてステージに立っているのだと観客に知らしめた。

 しかも美祢の代名詞である笑顔も忘れないという、本当に賀來村美祢をそのまま表現したステージだった。

 ファンはその姿に懐かしさを覚えていた。

 はなみずき25とかすみそう25。二つのグループのステージを行き来していたころのあの美祢の姿にどこか重なるのだ。

 だがあの頃とは何かが違う。

 ファンにもわからない、進化した美祢がそこにはいた。

 アイドルとして完成しているようにも見える。だがまだまだ成長の途上のようにも見える。

 彼女が今後どんな景色を見せてくれるのか、そう期待せずにはいられない。


 配信を見ていた同業者は、その姿に畏れを抱いてしまっていた。

 美祢の姿を先のいつかの自分だと置き換えてみたものの、その姿を完全には想像できない。

 16曲を踊り切るスタミナ、パフォーマンス中の表現力、何よりあのステージ上での存在感。

 普段グループで活動している美祢よりも数段上のそれらに、同じアイドルとして想うのだった。

 この道に先は無いと。

 賀來村美祢と同じような道を歩んでも、それは美祢との比較される道でしかない。

 そしてそこで勝つどころか、生き残れるわずかな道さえ残されてはいないと。

 多くのアイドルは、これまでの活動からの方向転換を迫られた。

 そして残りのアイドルは、引退を決意した。

 今や賀來村美祢が歩む道こそアイドルの王道。

 多くの王道アイドルを標榜していたアイドルたちは、その美祢の姿に絶望を見出していた。


 だがそんな美祢の姿に希望を見出したアイドルもいる。

 美祢と同じ道を歩むことこそ、今のキャラクター性を脱する一縷の望みだと。

 佐川玲は目を輝かせていた。

 不本意な妹キャラ。佐川綾の妹ということしか価値を見出されないアイドル。

 そう悩む玲は、ある決心をする。


 美祢のソロコンサートの翌日。

 主は妹の玲を実家に送ったまま、実家に泊まることとなった。

 玲に話があると言われて、一晩待ちながらそのまま寝てしまった。

 寝起きの頭が不意に昨日の美祢の姿を思い出す。まさに圧巻のパフォーマンス。

 高校生時代にはもう完成れたと想っていた美祢のパフォーマンスは、今この時にも進化しているように見えた。たぶん多くのファンも同じ想いだろう。

 そしてコンサートの最後、美祢の言った言葉を思い出す。

「今日よりも頑張るので、新しいはなみずき25のシングルもお願いします!!」

 まだ美祢の中では、あの先があるのだ。

 美祢の頭の中にある最高到達点は、まだまだ先がある。

 そして主は、どこか悲しい感情を覚える。

 美祢の中の最高とは、きっと花菜のことだろう。

 それがどれほど肥大し、現実とどれほど乖離しているのか?

 たぶん美祢の夢は、叶うかもしれない。花菜のとなりでパフォーマンスをするという夢は。

 だがそれは、美祢の思い描く最高の花菜なんだろうか?

 待ち望んだ、夢のために耐え忍んだ対価として釣り合うモノであるのだろうか?

 彼女の夢の先。それが挫折でないことを祈るしかない。

 希望をもって先に進んで欲しい。

 

 主は自室から出る前に、持ち込んでいたパソコンを起動する。

 どうか、美祢の夢が納得のいく優しい物語であってほしいと指を動かしていく。

 それが正しいのかどうか、主にもわからない。

 だが書かずにはいられなかった。

 美祢の望んだ夢の到達点。

 それが幸せの色に染まっていてほしいと願いながら、主は今は書かなくてもいい美祢の最終章を書き上げていくのだった。

 あのはなみずき25と出会って書き始めた、かすみそう25で創り上げてきた美祢の物語。

 書くことができないと放置していた美祢の物語の最後の章を、主はそのつもりもなく書き始める。

 あの悔しい涙を流していた少女の物語。

 飛び立った親友を見送ることしかできなかった、あの空から始まった少女の物語。

 その結末がようやく主の中に降りてきたのだ。

 たぶんそう大きく違いはないだろう。

 美祢の決断は、あの頃から分かっていたのだから。

 信じたくはないと思って封印していた考えを、ようやく底から引き揚げてくる。

 しかし、その結末を自分の願いを込めて形を変えていく。

 どうか、彼女に嬉しい涙が待っていて欲しいと願いを込めて。

 最後に少女のみる空が、明るい色をしていて欲しいと願いながら。

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