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三十六話

 少し時を戻して、会場1時間前。

 髪の毛を編み込んだ花菜は、美祢がリリープレアーのダンスを確認しているときに一つ提案をしてきた。

「美祢、水城さんをトレースしてみない?」

「今まさにやってるんだけど」

「ダンスだけじゃなく曲中に何考えてるかとか、ほら昔やったみたいに!」

「……ああ、あの遊びかぁ~。懐かしいね」


 美祢と花菜は幼い時によく二人で行う定番の遊びがあった。それはアイドルごっこだ。

 二人でアイドルの歌やダンスを真似て、お互いの親の前で披露していた。

 そんなある日、泣きながら美祢は自分に怒っていた。

「できない~! なんでできないの~!!」

 もちろんダンスを本格的に習う前の頃の話で、アイドルとは言えそれを仕事にしている人なのだからまったく一緒ではないのは当たり前。そもそも年齢も体格も違うのだからできると思う方が可笑しい。

 しかし、それをわかれと親たちは言わなかった。できないならできないなりの解決法を授けた。

「美祢。このアイドルさんは何を見て、何を考えて踊ってると思う?」

「……わかんない」

「じゃあ、それを考えて踊ってみたら上手くいくかもよ?」

 そんな無茶な提案を幼い美祢は真面目に取り組んだ。花菜にも話し、次第に遊びとしてアイドルごっこに組み込まれていた。

 最後に二人がそれをしたのは、中学1年のころ。その時の光景を花菜は忘れてはいなかった。


 懐かしい思い出に少しだけ浸った美祢は、現実に戻ってくると苦い表情を浮かべる。

「できるかなぁ~」

「できるって。ほら、記事とかで曲のこともしゃべってるしさ」

「やってみるけどさ」

 美祢はいつもやっている画面と鏡を行き来するの間に、一つ記事を見るという行動を挟み込む。

 美祢のその姿を懐かしく思う花菜。そしてそれは始まる。

 思考を方向付けされた美祢の表情に、何かが乗り移ったかのような雰囲気が加わる。

「きた」

 あの懐かしい光景が、花菜の前に再び現れた。

 まるで本人が乗り移ったかのような、もしくは何かが美祢の中から引きずり出されたかのような変貌ぶり。

 いつもの自信のない美祢の表情ではない、その表情は引き込まれずにはいられない何かが宿っている。

 

 それを遠くから見ていた数人のメンバーは驚愕した。

 自分より順位の下のメンバーが、まさにセンターの顔に変貌したのだから恐怖と言っていいだろう。

 ダンスは、元々のレッスン量に裏付けされていて上手かった。しかし、自分を見せるという技術が抜け落ちていた。最近はそれも少しずつ学んできたようだが、そこまで脅威には感じられなかった。

 だが、今の美祢はスカウト組でさえ脅威を感じずにはいられなかった。


 ◇ ◇ ◇


 リリープレアーの曲が始まる。

 そのフォーメーションを見た客席はざわつき、動揺していた。

 一人白い皮のストールを巻いているのは、確かに賀來村美祢本人だった。

 しかし、その醸し出す雰囲気はいつも見ていた美祢の雰囲気とは違っていた。

 引き込まれ、魅せられる。その表情はその曲のセンターである水城晴海のりりしさとも違っていた。

 男装している水城晴海がやっていた色気を振りまくような振り付けを、少女らしい姿の賀來村美祢が踊るとそれはまるで男を従えるような、それが正しいと思わせるような女性像として表現されていく。

 リリープレアー独特のメンバー同士の絡み合うような振りも、表現しずらい背徳感を植え付ける。

 本家とは全く違うが、リリープレアーのファンもその解釈があったかと固唾をのんでステージに張り付いている。

 本来その本家との違いを楽しみ、笑い合うためのコーナーのはずが、真正面から解釈を変えてなおかつ魅せるステージにしたのは、はなみずき25が最初だ。

 いや、賀來村美祢というアイドルが最初だ。

 曲中にここまで静まり返り、それでも観客を離さないステージがアイドルのステージにあっただろうか? だが、それでもこの曲は大成功と言っていい。

 踊り切った美祢の頭上には万感の拍手が降り注いだのだから。


 そしてメンバーの全員がストールを投げ捨て、本来のフォーメーションに戻るとそれまで観客全員の視線を奪っていた美祢の姿はどこにもなかった。

 最後列で前列を支える一人として、役目を全うしている。

 その役割の高低差に、めまいを覚える観客さえいた。

 皆、賀來村美祢というアイドルがわからないでいる。

 はなみずき25での役割を終えた美祢は、今度は『はなみずき25 つぼみ』として登場する。

 初々しいメンバーを率いて、センターとして存在感を発揮する美祢。

 さっきの美祢が帰ってきたのかと思えばそうではない。はなみずき25のセンター高尾花菜のように力強いセンターではなく、センターでありながら他のメンバーを魅せるために引いてみたり、そうかと思えば曲中の盛り上がりではしっかりとセンターらしく華を魅せる。

 曲の合間のMCも自分のことよりも、メンバーを優先してしゃべらせるような優しさも見せる。

 それなのに、トリで歌った自身のソロ曲では後方に控えるメンバーへの視線を平気で奪うのだ。


 このアイドルカーニバルで一番名を上げたのは、間違いなく賀來村美祢だ。

 しかし、その評価はまばらである。評価が難しいアイドルとして一番名を上げたのだ。

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